文化・芸術

2008.07.05

ICCは面白い!夏の子供向けイベントも開催!

 新宿、初台にある新国立劇場、オペラシティの4階にICC(NTTインターコミュニケーション・センター )がある。そこがリニューアルした。展示場は無料で公開されている。アート&テクノロジーゾーン、研究開発コーナー、ネットワークゾーン、アーカイブゾーンに分かれている。最新の発想と技術が芸術的に表現されている。じっくり時間をかけて一つずつ味わうと面白い。説明の方もいて、いろいろ教えてくれる。混んでいないときに行けば、かなり楽しい場所だと思う。
 
 もうすぐ、ICC・キッズプログラム2008の「君の身体を変換してみよ展」が開始される。7月12日から8月31日。通常展示されている計算の庭なども合わせて展示される。これも見にいきたい。

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2008.05.05

お風呂の起源

 お風呂とは何だろう?世界にはいろいろな形のお風呂がある。

 アフリカでは薬草の入った壺をおいて、熱気浴、あるいは蒸気浴を行うという。土の中に埋めておいて、その上で火をたく日本の砂湯に似た土湯というようなものもあるそうだ。しかし、いわゆるお湯を溜めた形でのお風呂には入らないそうだ。

 エスキモーのお風呂もすさまじいもののようだ。我慢大会の様なお風呂で、煙突がある男性専用の家にこもり、熱気に耐える。さらに、尿をかけたり、油を塗りつける種族もあるそうだ。

 古代メソポタミアでは、沐浴用のお風呂があったことが確認されている。シュメール人によって作られたウルクの沐浴施設だ。今のイラク。紀元前4000年ほどのことだから、今から6000年も前。ここは暖かい水ではなく、身を清めるためのものだったようだ。ウルクといえばギルガメッシュ叙事詩の出所。ノアの箱船やギリシャ神話への影響で知られる。施設としてのお風呂の起源もここだとは・・・。

 そして、本格的なお湯を使ったお風呂が出てくるのが紀元前1800~1450年頃のクレタ島のクノッソス宮殿の女王の部屋といわれる(本当はわからない)ところで、テラコッタ製の浴槽がある。ここはラビリンス(ラビリントス)、つまり迷宮の語源にもなった複雑な作りの宮殿で、ギリシャ神話の世界でもある。また、アトランティスの伝説の元になったのかもしれないと言われている幻のクレタ文明のあとでもある。死後に冥界の審判者になったクレタの王のミノスや、体は人間、頭は牛である伝説のミノタウロス、そしてラビリンスから脱出する途中に死んだイカロス、ゼウスやポセイドンまで登場する。ここの遺跡はアーサー・エヴァンスによって発掘されたが、現在も発掘は続いているそうだ。

 日本では、仏教の伝来と共に身を清めるという意味で沐浴が行われるようになり、寺には浴堂といわれる施設が作られるようになった。それ以前は、石風呂(岩風呂)といわれる洞窟を熱して入った蒸し風呂のようなものが存在していたといわれている。また釜風呂というサウナのようなものも存在していたといわれる。

 クノッソスのものは別にして、どうもお風呂の起源は宗教行事に関連しているようだ。しかも、かなり難行苦行の類に所属しているようで、かなりの苦労を覚悟で行ったもののようだ。

 その後の極楽につながるお風呂は、クレタ島の流れを受けたギリシャ文明ごろから本格化していくようだ。現在の日本の温泉ブームにつながる流れはごく最近のことのようだ。これはまた別に調べてみよう。
 

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2007.12.18

projectDREAMER公演2007「どツボッ!!」は面白いぞ!

 六本木のCOAPASTIC CAFE&BARでprojectDREAMER公演2007「どツボッ!!」を見てきた。

 台本と演出は中津留章仁で、星野卓誠が主演の作家役を演じる。妻の松本永倫子、愛人の小川慶子、姪の彼の中村玄悟、彼女役の朝倉みず希、笹山役の半田周平など、芸達者なメンバーだ。

 その他に姪役で串山麻衣、息子役の小島裕甥役の白川政之などが出ている。それぞれ舞台や映画、CMなどで活躍している。いつも東京ピチピチBoysの公演を楽しみに見ているのだが、息子の友だちの星野君が出るというので、今回の芝居を見てきた。

 全体として、始めから終わりまで、とても楽しかった。演技、言葉、ストーリー、全て面白かった。重たくて仕方がない現実に疲れる現代人にとって、笑いは欠かせない。今回の芝居には見終わった後の爽快感がある。

 その場限りの口から出任せで真実を誤魔化そうとする作家が、がんじがらめになり、破綻していくストーリーだが、終わり方がスマートで見ている側に負担がない。嘘が嘘を呼び、その様子を見て笑う作家、そして私たち。あがけばあがくほど泥沼に入り込む。ありますよね、そんな体験。

 星野君の演技は次第に力が抜け、セリフのタイミングも上手になっている。覚えているセリフを読んでいる感じはもうない。体や顔の表情にも演技者としての貫禄が出てきた。コミカルな動きも良かった。

 妻の松本さん、姪の彼役の中村さん、笹山役の半田さんもただ者ではない。言葉も分かりやすく、スピーディな展開にも負けてはいない。演技も十分、お客を楽しませる。愛人役の小川さんも突然芝居に出ることになったとのこと。さぞかし大変だっただろう。気絶した時の操られぶりは超面白い!今回は会場は小さく、お客さんの数も多くは収容できないが、この芝居の面白さは必見。

 ネットを調べてみたら、この芝居の伝説が出ていた。2年前の前回公演の時、10日間で800人を集めたとかいてあった。60から70人程度しか入らない会場で、この人数は確かにすごい。今回も客席は満員。みんなどこから情報を得て来ているのだろう。11月27日から始まって12月27日が最終。

 場所:六本木・Copastic Cafe & Bar〔コパスティックカフェ〕(http://www.copasticcafe.com
TEL.0357723048

料金:3000円(1food、1drink付)

日程:
11月27日(火)①19:00~、②21:30~
12月4日(火)①19:00~、②21:30~
12月11日(火)①19:00~、②21:30~
12月18日(火)①19:00~、②21:30~
12月26日(水)①19:30~、②21:30~

 お薦めの芝居でした。

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2007.12.09

新宿駅頭でのアコースティックユニットの「おしゃれ泥棒」は軽快!

 今日は新宿で買い物。NewtonやFlashCS3の本、それにガラスのリムーバーなどをハンズや紀伊国屋で購入してきた。
 
 その帰りに新宿南口の駅頭で「おしゃれ泥棒」が演奏していた。凄い人だかり。CDを購入する人も半端じゃない。私の見ている一瞬に5枚は売れた。何だろうと思って少し聴いてみた。アコースティックギターとガットギター、パーカッションのユニット。

 面白いのはドラムの代わりに椅子の様なものをたたいている。あれって正式の楽器?調べてみたらカホンという南米ペルー生まれの楽器。フラメンコでは中に弦を張って使っているとのこと。彼らのアコースティックのような音楽には調度いい打楽器なのだろう。

 演奏はCDのタイトルの「0~ラブ~」。ガットギターが歌うようにアコースティックと絡み合う。カホンは軽快にリズムを刻む。本当に楽しい演奏。これはいい!安らぎを感じるメロディーラインだ。またぜひ聴きたいな。

 残念なことにこの後、休憩に入ってしまったが、また機会があれば生演奏を聴きたいな。新宿へ来たときはチェックしよう。

 ところで、彼らの一人がブログを持っていた。リンクを張っておきます。
「おしゃれ泥棒の隠れ家」

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2007.10.28

昔の遊び13・戦争(ノートで)

 ノートや紙の両端に自分の陣地を書く。横に線を引いて、端に本陣を置くだけ。そこに自分の飛行機や大砲を設置。飛行機は横棒二本と縦棒一本。大砲は動けない。飛行機が移動して本陣を射貫けば終了。飛行機の移動は鉛筆を立てておき、その上を指で押さえ、少し斜めにして押す。ノートに鉛筆の線が残る。その線の端が次の異動先。相手の飛行機と接近するとお互いに攻撃しあう。移動か攻撃は宣言して行う。相手の飛行機の一部を線が通れば撃墜。大砲で守られた相手の本陣を攻撃する。

 やってみるとわかるのだが、これは結構面白い。ただ、それなりに時間がかかるのと、鉛筆の芯が折れるときもあるので注意が必要。すぐに休み時間が終わってしまう。適当に暇そうな友だちを見つけて「おい、戦争やろうぜ!」って誘っていた。愛好者はそれなりにいた。力を抜くことが必要で、慣れてくると長い線を書くことができるようになる。意識的に書いてしまう反則行為もあり、その場合はやり直し。

 今の学校で見かけることはないが、教えたら楽しがると思う。それなりに集中力と技術が必要な楽しい遊び。

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昔の遊び12・2B弾

 駄菓子屋さんでよく売っていた2B弾。2本で1円。これは頭のところにマッチのようにこすると火がつく仕掛けになっている花火。白い煙を出し、数秒後にそれなりの音を出して爆発する。友だちと投げ合ったり、いろいろなものの中に入れて遊んだ。

 ある時、友だちと決闘することになり、学校にあった小さな山で待ち合わせをした。相手は当時160cmを超える大きなヤツ。私は140cm台。そのままではかなわないので武装した。その時も2B弾は装備品の一つ。もう一つはパチンコ。自分で作ったものよりゴムがしっかりしていた。帯のようになったパチンコは、電線に留まった鳥を撃ち落とすこともできた。仲の良かった女の子を従えて山の上に立って相手を待った。・・・相手は来なかった。少しがっかりすると同時にホッとした。余った2B弾で遊んだ。

 また、私の家にサルスベリの木があった。そこに洞があり、アリが巣を作っていた。当然、そこは私の攻撃対象。上から煙の出始めた2B弾を投げ入れる。煙が洞のあらゆるところから出てくる。アリたちが騒然と騒ぎ出す。しばらく立つとボンっと音がすると共に爆発。一斉にアリたちが巣から飛び出してくる。でも、その後の静粛とともに徐々にアリたちは普段の生活を取り戻す。

 この観察は地上のアリの巣でも行われた。地面の場合には、少し穴を掘る。巣穴の奥に近いところで2B弾を仕掛ける。地面の中から煙がしみ出るように出てくる。そして爆発。洞と同様、みんなあわてで大騒ぎ。中には卵を運びだそうとするヤツもいる。アリの一家に危機が迫る。でも観察者はそれ以上はやらない。彼らがしっかり落ち着いてまたいつの間にか普段通りの巣穴を再構築していく様を見ている。

 その他に、空き缶をかぶせてその下で爆発させたり、やっていはいけない遊びにも使った。一番怒られたのは・・・・。ちょっと言えないこともした。私にとっての2B弾は日常を少し変えてくれる貴重な道具だった。

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2007.10.27

昔の遊び11・戦艦撃沈(ノートで)

 外が雨の時、学校でよくやった。お互いにノートや切れっ端を用意。それに8ますぐらいの方眼を書く。そして横軸にABC・・・を割り振り、縦軸に123・・・を割り振る。これはどちらでもいい。そして中に戦艦を配置する。船の数はお互いに決めるが、三隻から五隻ぐらいが多かったように思う。

 その配置された戦艦を爆弾を落として沈める遊び。ジャンケンで勝った先行チームが「Aの1」というようにコールする。もし、当たったら「撃沈」、その周囲に自分の戦艦がいたら「大波」とコールする。「大波」をどう読むかがこのゲームの鍵。また、大波がどちらの大波かわからなくするために、味方の船を重なるように配置することも頭の使いどころ。相手の船を全て撃沈したら終了。

 休み時間に、手軽に頭を使って楽しめたので、雨の日はよくやった。電車の中でもやった。バスでは酔うのでやめた。後、配置するのが、戦艦と潜水艦で、潜水艦は大波はなしで直接当たるまでノーヒント、戦艦だけが大波コールでやるパターンもあったと思う。ただ、これは時間がかかるので、あまりやらなかった。

 これも多分ローカルルールがあったと思う。また呼び方も違う言い方があると思う。結構みんながやっていたが、今はどうなのだろう。配置されるものが違うかな。戦艦はあまりにも古いですよね。
 

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昔の遊び10・突き合い

 私が中学ぐらいに友達と結構やった遊び。お互いに向き合い、かかとをつけて立つ。両手を手のひらを開いて立てる。その状態で手以外の相手の体に触れず、手だけで突きあって相手を動かした方が勝ち。ただし、相手がついてきた瞬間に手を横に動かしたりしてよけて、相手が自分から倒れても勝ち。また、よけられて相手の体にふれてしまったら負け。

 瞬間に相手の出方を読むと言うこと、また、力を入れたり抜いたりすることで、それなりに頭と体が鍛えられる。順番に並んで、勝った方が居残りの形でみんなでやっていた。かなり面白い。大人がやっても楽しいですよ。ただし、正式の名前は忘れました。なんて言っていたんだろう、このゲーム。なんとなく「おしっこ」といっていたようにも思うのだけれど・・・。チョットこの名前だと誤解が・・・。

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昔の遊び9・引っ張りっこ

 二人で右足の横同士を反対向きに沿わせる。手も反対向きに組み合わせる。つまり、お互いに横向きになり、双方が反対の向きで手と足を組み合わせる。その状態で相手を引き倒すか反対向きに押し倒す。ただし、今組み合っている手と足以外、相手の体に触れてはいけない。相手を動かすことができたら勝ち。
 私がよくやった遊びの一つで、時間があまり無いときにやった。結構技術があり、特に相手の腕を利用し、自分の手で相手を押すのではなく、相手の腕を相手に押しつけて動かすのが上質のテクニックだった。いまやっても面白い遊び。
 

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2007.10.23

昔の遊び8・メンコ

 メンコは子供の頃の代表的な遊びの一つ。相撲取りの若乃花、栃錦、双葉山、そして月光仮面や漫画の主人公、忍者や軍人もいたな。友達とよく取り合った。ミカン箱いっぱい持っていた。ただ、それなりに手に入れるのにお金がかかるので、子供にとっては財産の一つだった。

 勝負は地面に置いてある相手のメンコを、攻撃側の持ったメンコを打ち下ろし、ひっくり返せば勝ち。打ち下ろすときの風と打ち下ろす場所が決め手。メンコはできるだけペチャンコにし、風が地面とメンコの隙間に入らないようにする。試合前に一生懸命平らにしたものだ。

 自分の好きなメンコを取られると、懸命に勝負を挑み、それを取り返そうとした。学校でも良くやったのだが、数年で禁止された。賭け事と同じだということだったと思う。何でこんな楽しいことを奪うのかと思ったものだ。

 四角いメンコだけではなく、丸いメンコもあった。確か丸メンといっていた。これはあまり強くなかったと思う。何でかはわからないけれど。これが、牛乳のフタでの遊び、「ポン」につながっていったのではないか。それと他にも違う形のメンコがあったと思う。確か六角形のものとか。まあ、ほとんどは通常の長方形。メンコそのものはそれが一番やりやすい形だろう。
 
 子どもたちにとって、取ったり取られたりする現実の経済原則を味わう最初の体験だった。

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2007.10.21

昔の遊び7・エスケン

 私自身がやっていたもう一つの遊び、エスケン。Sの字を校庭に書き、そのSの字の上端と下端に陣地を置く。そこに宝物を置いて取り合い自分の陣地に持ち帰るか、その陣地を踏めば勝利。または、相手が全滅すれば勝利。

 自分の陣地の中と相手の陣地の中では両足。それぞれ移動の時は片足ケンケン。途中で相手の陣地に引きずり込まれたり、片足ケンケンの時に突き飛ばされて転んだり、足がついたりしたらアウト。

 最初は自分の陣地のところから出るだけで大変。出口の道はわざと狭く作るのが普通なので、油断すると相手の陣地から引きずり込まれてしまう。相手のタイミングを見て、素早く走り抜ける。

 所々に島を作ってあって、そこでは休むことができる。確か、敵同士でも攻撃をしない平和な場所にしていとこともある。でもそうではないときも。

 結構クラス全員でやっていた。男女関係なく。ただ、女の子は弱い子が多いので、手を引っ張りすぎて痛めないように注意してやっていた覚えがある。本当に弱いかどうかは別にして・・・。また、洋服を引っ張って伸びてしまうことがよくあった。いい洋服ではできない遊びだ。

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2007.10.20

昔の遊び6・三角ベース

 昔、男の子たちにとって野球は絶対だった。空き地で暗くなるまでこれをやっていた。しかも人数は3人いればできる。ホームベースと一塁、三塁しかない。投げる人と打つ人、そしてたった一人の守備。これでできる。ボールは少し空気が抜けた安いゴムボール。

 バッターはピッチャーが投げたボールを思いっきりひっぱたく。たった一人しかいない外野は懸命にボールを追いかける。その間にランナーはベースを駆け抜ける。ボールは外野から戻されそれぞれの塁でアウト、セーフが判定される。ランナーは間に合わないと思うときは途中の塁で止まる。そして、セーフだったら「幽霊」というランナーを残し、再びバッターボックスに立つ。バッターが次の打席で打てば、「幽霊」はホームにたどり着く。

 こんな感じでいつもやっていた。小さな弟と近所の女の子とやっていたこともあった。そのときは私は強打者。いつまでたっても攻撃は終わらない。そのうち暗くなって家に帰る時間になったものだ。友達や近所の年齢の違う子どもたちとやることもあった。

 私にとっては大きかった近所の空き地。いつも幼児から大学生までが遊んでいた。泥遊び、秘密基地作り。やってはいけない危険な遊び。内容は内緒。落とし穴作り。2B弾での爆発実験。みんなここでの出来事。昔の子供は楽しかったな。

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2007.10.19

昔の遊び5・ゴム段(いろいろ)

 私は時々女の子と遊んだ。ゴム段は特に楽しかった。「いろいろ」といって始める。女の子たちが「お膝」とか「お腰」、「お肩」などといって、次第に高さを変えていった・・・と思う。記憶が少し遠いのだが、まあそんな感じで言っていたと思う。

 二人の女の子、あるいは一人と木などを使って、ゴム段用の長いゴムを張る。それを足で引っかけるようにして引きずり下ろし超えていく。当時、女の子たちはほとんどスカートで、それを下着に押し込んで、飛び上がっても、みっともなくないよう工夫して遊んでいた。私は彼女たちの技術に驚嘆した覚えがある。私より小さい女の子が肩の高さのゴム段を見事に引っかけて超えていくのだ。

 それにクルッと回転しながら超えたり、下に手をついてから飛んだり、なんか私がとてもできそうにない技を見せてくれた。私はごく単純に、思いっきり足を上げて飛んでいた。それなりに入れてくれてはいたが、何だかお客さんの用に気を遣ってくれたことを覚えている。

 失敗すると持ち手と飛び手が交代する。私にとってはとても楽しい遊びの時間だった。どちらかという技術志向の私は、技があるものは好きだったので、これは体質にあった。

 昔はこのゴム段用のゴムは駄菓子屋などでも売っていたのだが、現在も売っているのだろうか。 

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2007.10.13

昔の遊び4・ごかん当て(五回当て)

 一つのボールがあれば簡単にできる遊び。通常ドッジボールで行うが、どんなボールでもできる。基本はボールの当てっこ。

 最初は、ボールを空に向かって高く上げ、落ちてきてから五回バウンドするまで取ってはいけない。その後、ボールを取った人が近くの人に五歩以内で移動して投げる。

 とればセーフ。落とせば一回あたり。合計五回当たれば「死刑」。

 死刑になると、ゲームは一回終了。五回当たった人が足の間からボールを後ろ向きで投げ、落ちたところからその人に向かって参加者全員が後ろを向いた彼の背中に向かってボールを投げる。もし、外れるとボールを投げた人は次の回に、一回当たったことになる。

 全員が投げ終わると、死刑になった人が空に向かって投げる権利を持つ。

 これは、小学校から高校になるまでやっていた。休み時間ごとに外に出て、クラスのみんなでやっていた。いつもみんなに追い回され、おかげで足が速くなった。高校になってから気づいたのだが、みんな仲のいい友達には当ててなかった。私は近くにいるやつに当てることが公平な態度だと思い、いつもその原則でゲームをしていた。人は何を大切にして行動するのかを学んだ遊びが、この「ごかい当て」だった。遊びは子供にとっていつもとても大切だ。

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2007.10.09

昔の遊び3・馬乗り

 私が小学校から高校までやっていた遊びに馬乗りがある。これは激しい遊びだった。
 二組に分かれ、ジャンケンに負けたチームが馬を乗せる方に回る。一人がその端に位置し、木や壁に背中をくっつけて立つ。負けチームの次の人は、立った人の足の間に頭を入れて腰を曲げ、背中に相手チームを乗せることができるようにする。次の人も同様にする。
 そこに、勝った方が走ってきて、背中に乗る。勝ったチームが全員が乗るまで続く。途中で乗ろうとした人が落ちたら、即、馬になっていたチームと交代。また、途中で重さに絶えられずつぶれたときは、また勝ったチームが最初から始めることができる。
 全員が乗ってもつぶれなかったら、最後に乗った人と馬の先頭の人でジャンケン。勝った方が乗る側にまわる。これを続ける。
 私たちの頃は、これをかなり強烈にやった。跳び箱の時にもやる方法だが、手をつかず直接尾てい骨から相手の背中にのる。また、一人の上に集中して攻める。特に弱いやつの上をねらう。時々、これでけが人が出た。落ちたり、つぶれたり、顔を蹴られたり。先頭の次のやつが頭を木にぶつけたり。中には骨折をする人も出た。
 だから学校からはよく禁止された。今でも結構危険な遊びとして認識されているのではないかな。でも、本当に面白かった。昔は男女で一緒にやったこともあったな。懐かしい思い出です。

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2007.10.08

昔の遊び2・八の字

 私がとても好きだった遊びの一つに「八の字」がある。これは大縄でやる。最初に縄を持って向かい合い、縄で輪を二つ作った瞬間に引っ張り合い、最初の場所から動いたら負けというとても単純なゲーム。ただし二人が持った縄を放したらダメ。引っ張ったり、ゆるめたりすることはOK。これは力だけでやるのではなく、タイミングの勝負。だから二人で二つの輪ができた瞬間、素早く縄を引き、それを手元に残し、ゆとりを持って戦うことができるようにする。ちなみにこの二つの輪のことを「八の字」という。
 スタートで、二つの輪ができないようわざと縄を引いて輪を崩すときもある。相手のタイミングを狂わす高等戦術。また十分引いて相手の体重を後ろにのせておいて、瞬間にゆるめる。そうするとほとんどの相手はバランスを崩して動いてしまう。これが醍醐味。負けた方は次の人と交代していく。並ぶのは勝ち続けているチャンピオン側ではない方に。そうでないといつまでも順番が回ってこない。今でも楽しいゲームですよ。ただし、最初のうちは軍手でもしてやったほうが手が痛くならないでしょう。

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2007.10.07

昔の遊び・牛乳のフタで遊ぶ「ポン」

 昔、牛乳のフタは貴重な遊び道具だった。ベーゴマは禁止され、コマもガラスがよく割れたので禁止され、メンコもケンカの元と言われ禁止され、ビー玉遊びも賭につながると言われて禁止され、最後に残ったのが牛乳のフタだった。これは毎日飲む牛乳についてくるので、禁止のしようがなかったのだろう。
 机の上に相手のフタと自分のフタを並べる。それを手のひらで上からたたきおろし、急激に引き上げると、空気の力でフタがひっくり返る。それが相手のフタに少しでも乗っかっていれば、相手のフタを取れるというゲームだった。多分、東京だけではなく全国ではやっていたと思う。また、多少のローカルルールがあったとも思う。おはじきでやっていたように、机の端から落ちない程度に押しだし、どちらが遠くまで行ったかで遊ぶこともあった。
 私たちはこのゲームを「ポン」と言っていた。時々出たヨーグルトのフタは貴重品だった。お互いに牛乳のフタをつぶし、引き上げにくくするように工夫していた。また、手をすぼめ、より空気を引き上げる力を強くするよう訓練したものだ。私は友達から巻き上げるだけでは足りなくて、近くの牛乳屋さんに行って、いらなくなった牛乳のフタを箱いっぱいもらってきたこともあった。ただ、牛乳屋さんのフタは穴が開いていることがあり、自分では二流品という感じだったが、中には珍しいフタもあり、楽しみにしていた。
 いつの頃からか、この遊びが絶えていった。多分、学校の牛乳がビンではなくなって、テトラポットになった頃かもしれない。皆さんはどんな小学校や中学校の時、どんな遊びをしていたのでしょう?

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2007.09.30

The東京ピチピチBoysの「座頭市/2物語」-夢追人のララバイ

 今回の「座頭市/2物語」-夢追人のララバイでは、いくつかの新しい試みがあった。

 まず、脚本が石森史郎さんだったこと。また、ゲスト出演者が3人、さらに新メンバーがいたということ。また、バックの映像がかなり物語の進行に関わりをもってきたということ。またチケットが会員登録すればネットから予約でき、セブンイレブンで購入できるようになったこと。

 石森史郎さんは「必殺仕事人」や「旅の重さ」、「同棲時代」、「愛と誠」などを手がけ、多くの賞を獲得している。
今回のストーリーとしては最初にあった見事な殺陣から始まり、時代を飛び越える展開。いつもながら破天荒な設定の中で物語が進む。細かい内容はまだ今日最終日なので書けないが、笑いと涙の中に、最後は優しい気持ちになれる流れ。

 個性豊かだったのはゲスト出演者。それぞれの良さが生きていた。西口プロレス、「どんだけー」のグレート乙羽屋も存在感があったが、ハッサンの田渕邦典も台詞や動きに特徴が出ていた。親方役の辻本修作(櫂シュウ)さんも体を張って手慣れた演技をしていた。さすがにそれぞれ自分たちの劇団で頑張っているだけあって、動きや台詞に安定感があった。

 また星野君も台詞の多さをものともせず、また身の軽さを生かし、鳶職としての動きをさわやかに表現していた。もちろん、座頭市の山北龍二も頑張っていた。殺陣はさすがとしか言いようがなかった。彼しかあの役はできないだろう。座長の青木隆浩さんは安心してみていることができる。台詞もわかりやすい。ダンスは頑張っていたが、もう少しインパクトのある動きが欲しい。ダンスでも笑わせて欲しいな。女性陣は3人とも特徴が出ていて良かった。

 バックの映像は大変効果的。手配写真のところで観客がかなり沸いたことでもインパクトを与えることがわかる。バックに程よく流れる動画は、大道具がほとんどない中で意味があったと思う。後ろの動画作成の技術がさらに上がると、動画の中から人が現れたり、動画とやりとりする設定も出てくるのかもしれない。生身の人間と動画の展開が双方合間っての新しい演劇の可能性を感じさせてくれる意味もあった。

 丁度いい人数で作られているこの劇団、あまり守りに入らず、失敗を恐れない新しい展開をこれからも試みて欲しい。また春の公演を楽しみにしている。
 

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2007.09.26

素晴らしい樹原涼子さんの歌声

 火曜日に、樹原涼子さんの歌とピアノの演奏を聴いた。私はマイクのセットなどをしていたので、練習の時から聴くことができた。その歌声は、それはそれは素晴らしいものだった。たおやかに豊かに美しい声が響き渡る。久しぶりに自分の心が澄みわたる感じがした。作業をしながら思わず聞き入ってしまった。

 本番の時は、彼女が自分の思いを伝えようとしているのがよくわかった。音楽や歌では、全ての子どもたちがその良さをわかるわけではない。音に対する感覚が違う児童もいる。しかし、多くの子どもたちはその歌声に聞き入っていた。また、命の大切さ、生きたかったけれど、生きることができなかった彼女の仲間たちの気持ちをきちんと受け止めた子どもたちもいた。

 息子さんやご主人との息もぴったり合っていて、本当に楽しそうだった。私もあんなに気持ちのいい声で歌うことができたらいいな。今日は本当にそう思った。
 

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2007.09.16

桐の紋と菊の紋

 先日、世田谷の世田谷線、宮の坂の近くの世田谷八幡を訪れる機会があった。ここは土俵があるので有名な神社だ。奉納相撲が今でも行われている。そこで、神社の瓦に桐の紋が彫り込まれていたのを見かけた。これはどういう意味なんだろう。調べてみた。
 天皇家は桐の紋と菊の紋を使ってきた。桐の紋は天皇から武家に与える形で引き継がれてきた。後醍醐天皇が足利尊氏に桐の紋を下賜したことが知られている。その前には平安初期の嵯峨天皇の時代に、服である黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)に竹と鳳凰と麒麟、そして「桐」が描かれていたことから、天皇に関係した紋として位置づけられていたのではないかという意見がある。もともと、中国では桐は聖王をあらわす瑞鳥、鳳凰が止まる木として大切にされていた。それが天皇家の印として使われる要因となったといわれている。
 それ以降、天皇家から武家にこの印を与えるということがしばしば行われた。織田信長も、豊臣秀吉ももらっている。さらに、秀吉はこの印を自分の部下に与えることを好み、桐の家紋が一挙に増えたといわれている。
 菊は元々日本の花ではない。中国や朝鮮から入った花で邪気をはらう不老長寿の薬として入ってきたようだ。それが日本の神である天照大神の太陽信仰と結びつき、天皇の象徴とされるようになったようだ。特に後鳥羽貞応が自分の紋として好んで使用したことから、天皇家の私的な紋として菊が使われるようになったとのこと。十六弁が通常使われている。明治神宮は十二弁を遠慮して使っているそうだ。
 それに対して、時の権力を握った武家に与えられた桐が政府の紋章となっていったということのようだ。五七の桐が一般的に用いられているが、五三の桐などが明治神宮などでは使われている。
 一時は日本の家紋の五分の一が桐の紋だったといわれるこの家紋は、日本の代表的な紋となっている。

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2007.09.04

グーグルのブック検索は面白い

 最近使われるようになった「グーグルブック検索」は実際に利用してみると大変面白い。いつものように、Googleの新しい試みはいつも「more」から入る。
 本の題名を入れてみると、それに関係する内容が出てきて関連する事象につながっていく。例えば、「ソクラテスと」と入れると全部で25の検索結果が出てきて、様々な本が紹介される。二番目の「うそつきのパラドックス」という本の中を見てみると、数十ページの内容がコピーされている。表紙は曲がっていて、複写したことがわかる。それでも内容はしっかり読むことができて、本の内容をかなり正確につかめる。ただ、全てが載っているわけではなく、一部、あるいは後半全部が抜けている。だから販売している本の売れ行きを妨げることはない・・・のかもしれない。
 「徳川家康 織田信長」と複数検索をかけると203件が表示される。しかし、実際に知り合いの名前を入れてその人の本を検索してみても、出てこない。本当にまだ有名な本しか入っていないようだ。
 将来的には、出版される本の内容を全てデータとしてもって、検索されればその一部の内容から、本を特定できるようにすることを目指しているようだ。今でも登録されている本ではそれができる。出版される本の内容を全て網羅するようになったら、本当に凄いことだ。
 ところで、この検索は英語の本が主体だ。試しに英単語を入れてみるといい。日本の本と違って大量の本が登録されている。「JAPAN」と入れてみると34600件の本が出てくる。かなり日本の本より進んでいるみたいだ。英語の勉強にもいい教材になるのではないかな。

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2007.09.02

東京ピチピチBOYSの第11弾 「座頭市/2物語」公演決定!

 いつも見に行っているお気に入りの劇団、東京ピチピチBOYSの公演が決まった。息子の同級生が出演している縁で見に行ったのだが、いつも大変良い気持ちになって帰ってくることができる。今では見に行くことが私の楽しみの一つになっている。今回からセブンイレブンで支払いや予約を取ることができるようになった。どんどん発展しているようで嬉しい。頑張って欲しいな。以下がその内容と予定だ。

☆ 第11弾  タイトル「座頭市/2物語」-夢追人のララバイ
日程:9月27日~30日
場所:シアターV赤坂 
脚本:石森史郎
演出:YAMA-RYU
監修:青木隆浩
キャスト:魚谷輝明・星野卓誠・林由佳・工藤亜邪・柴加奈子・坊寺祐一朗・早川宏章・他ゲスト

 

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2007.06.17

オフィス設計コンサートで弦楽四重奏曲

 六本木一丁目にある泉ガーデンタワーの34Fにあるオフィス設計という会社が定期的にコンサートをやっている。その券が手に入ったので行ってきた。今月は弦楽四重奏曲だった。演奏は老田美郁(ヴァイオリン)、赤池美礼(第二ヴァイオリン)、高山愛(ヴィオラ)、磯野正明(チェロ)の東京芸大出身の4人組だ。愛の挨拶から始まり、モーツアルトのディヴェルティメントニ長調k.136やボロディンの弦楽四重奏曲第二番ニ長調より第一楽章、再びモーツアルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークより第一楽章、サウンドオブミュージックのメドレー、イタリアーナ・シチリアーノ、ドボルザークの弦楽四重奏曲第12番ヘ長調「アメリカ」より第一楽章、その他いくつかの小品を演奏した。約1時間半の演奏。
 私は中学までヴァイオリンをやっていたので、あれだけの演奏をするのにどれだけの練習が積み重ねられているのか、その努力と才能に感心してしまう。他の人と演奏を合わせるのも大変難しい。中学の時、短い期間だが、朝日ジュニアオーケストラという所で弾いていたことがある。この時は、参った。私は楽譜を読むのが苦手なのだ。楽譜を読めないヤツがどうやってオーケストラの中で生き残れるというのか。でもいい勉強になった。
 今回の演奏も徐々に熱を帯び、オフィスが音楽に包まれた。私はチェロの磯野さんの音に感心した。厚さのあるしっかりとした音で、また流麗な流れを作っていて、全体をしっかり支えていた。司会も上手でしたよ。
 オフィス設計という会社が、社会還元のためなのか、あるいは若き演奏家を助けるためなのか、このような活動をやっていることに感心した。これからも楽しみにしている。ただ、当日の演奏者のパンフレットがあると嬉しい。演奏と共に、この34階からの東京の景色は大変美しく、楽しいひとときを過ごすことができた。Dvc00038

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2007.05.06

杉並アニメーションミュージアム

 杉並はアニメの街として知られている。何でもアニメのスタジオがあったのがきっかけで、その関係の会社が集まってきたとのこと。阿佐ヶ谷周辺に多くあるとのこと。アニメーションミュージアムは青梅街道から少し入った杉並会館の中にある。3階から始まる。結構いろいろあって楽しい。中で簡単なアニメーションを作成できる環境もある。手書きをスキャナで読み取って、それを連続でぱらぱらアニメ風に仕上げる形だ。その他にアニメーションライブラリがあり、それぞれヘッドホンで楽しむことができる。アニメ好きにはちょっと寄ってみたいところでしょう。

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2007.04.21

エリオット・アーウイットの写真展が銀座シャネルで!

 日本と縁の深いエリオット・アーウイットの写真展が銀座のシャネルの4階で行われている。入場料が無料で、さらに図録まで付く。この図録は他とは違って、各界の著名人が、自分で良いと思った作品を選び、コメントをつけている形だ。だから、内容の説明があるわけではない。また同じ作品が何度も出てくる。しかし、誰がどの作品をどのような根拠で選んだのか説明が載っていて、大変面白い。北野武は選ぶことなんかできないと言って、白紙だったが・・・。
 会場も適度な広さで間近に作品を見ることができる。客はそれなりに入っていて、時間によっては見にくいときもあるかもしれない。私はロバート・キャパは知っていたが、彼のことはあまり知らなかった。ゆう画廊に出品している友だちがこの写真展のことを教えてくれた。白黒の陰影を生かし、あまり深刻にならず、ユーモアとペーソスに満ちた大変素晴らしい写真群だった。白黒写真が、絞りきったテーマを簡潔に語りかけてくれる内容となっていて、その物語を大いに楽しむことができた。これを見逃す手は無いでしょう。ぜひ皆さん、行かれることをお勧めします。

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ゆう画廊での写真展と銀座菊正でのおひる

 銀座のゆう画廊に友だちの写真が出展されているので行ってきました。久しぶりの銀座です。小さいけれど、芸術の香り豊かな良いビルでした。そこの2階の銀座菊正というお店で美味しいお昼をいただきました。「土ようのひるごはん」というコースで2625円。1575円のコースもあります。夜のコースも4200円の菊コース、5750円のおまかせコースもあります。女将さんの優しい眼差しの中で、同席の方と写真や現代社会、禅についてのお話を楽しみました。刺身はさすがに築地から買い出されているとのことで、大変美味しく、また玉子焼きも上品な温かさをもった良い味でした。
 友だちの写真は、房総の海を題材にした写真でした。海は様々な表情をもつテーマで、そこには多くの思いを込めることができますね。大変、含みのあるいい写真でした。他の方の写真も面白かったです。帰りに銀座中央通りに出て、久しぶりに歩いてみました。やはり面白い町ですね。

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2007.04.01

波の伊八はすごい!

 最近話題になっている波の伊八と呼ばれる江戸時代の彫刻師の作品を見てきた。全てではないが、鴨川博物館で伊八展をやっていたのでだいたい全貌がつかめた。また、バスツアーが組まれていることもわかった。行元寺の客殿欄間「波と宝珠」は、同世代の葛飾北斎の「富嶽三六景」の代表作、「神奈川沖浪裏」に強く影響を与えたといわれている。確かに似ている。幾つかの神社や仏閣に行って、実物を見てきた。私は初代の作品がある石堂寺に行ってきた。なかなかのもので、彼の作品が江戸を通じてはやったわけがわかるような気がした。
 杉並の妙法寺や葛飾区の帝釈天も伊八の作品だそうだ。ただ、伊八は一人ではなく、5代まで続いている。また同時代の職人たちも存在している。欄間の彫刻、かなり素晴らしいいので、これからは注目して撮影していこうと思った。Simg_1209

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2007.03.23

「往生際の悪い人たち」を見て

 The東京ピチピチボーイズの公演、「往生際の悪い人たち」を見てきた。いつものことだが、スピーディで笑いとペーソス、そして素直な表現でとても楽しかった。今回の主役を張った星野卓誠(ほしのたかのぶ)君は小学校のころから知っている。息子の良き友達で、今でもつき合いがあるようだ。私たちもいつも応援しているが、応援だけでなく生活の中の楽しみのような感じになっている。あんまり深刻にならず、適度に楽しめる内容が中心で見て良かったという感じになる。星野君は、独特の味で気の弱い青年を好演していた。

 さて、今回は自分としての意見をまとめてみた。決して私の感じ方が絶対だとも役に立つとも思えないが、一つの感じ方の例として書き込むことにする。
・今回のストーリーは真ん中あたりまで、とても良かったのだが、後半少し長く、言葉で説明しすぎの感じがした。小説の読み聞かせのような感じ。台本作成は難しいものですね。本当にちょっとしたことで、感じ方が変わってしまうのだから。
・自殺を安易にする人たちの問題点を指摘するストーリーは共感できる。生きたくても生きられない人たちがいることを本当に知って欲しい。その上であなたは死を選ぶのですかという問いは私もいつも感じていること。ただ、内容や主張が道徳的すぎるかも。もう少し肩の力を抜いて、笑い飛ばすくらいで丁度いいのでは。
・友達というポーズは最後の射殺される場面で生きてくるのだが、観客の読みの通り撃たれてしまうので少し恥ずかしい。
・言葉が少し聞き取りにくかった。早すぎたり、はっきり口が開いていないため。また、タイミングが少しずれる場面があったが、最終日に向けて調節を!
・主役の星野君の剽軽で恥ずかしがり屋の感じが良く生きていた。また、警察官も良かったですね。ゲストもかっこよかったですよ。ああ、忘れてた。ピンクレディも良かった。唄は別にして、よく振りを覚えましたね。

 さて、次の公演が楽しみだ。

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2006.11.19

THE東京ピチピチBOYSのLINEを見ました

 THE東京ピチピチBOYSの新作、「LINE」を見た。前回の「さよならホスト」の軽妙な流れと同様で楽しめる。天使が登場して死んでしまった男を生き返らせようとする物語。越えてはいけない一線が人にはあるとのメッセージ。とてもわかりやすく、素直に見ることができる。星野君を始め俳優たちが次第に育っていくのが感じられる。
 今回は六本木アトリエフォンテーヌで行われた。ここは練習場としても使われるところで観客収容力は小さい。100人ぐらいでいっぱいだろう。でもライトや音響は十分な設備を持っていた。
 次回は3月25日ごろ、シアターV赤坂だそうだ。楽しみにしていよう。

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2006.10.28

「LINE」 東京ピチピチBOYS公演決定

 最近楽しみにしている演劇集団、東京ピチピチBOYSの新しい公演、「LINE」が11月17日~19日の間、アトリエフォンティーヌで行われます。出演している星野卓誠君との縁で応援しています。前売りが3000円で当日が3500円です。このグループの前回の公演、「さよならホスト」は全公演満席だったそうで、大変好評でした。笑いの中にひそんだ悲しみが私の心を打ちました。そして現実世界に表れた非日常が現実世界を変えていく。 今回も「天使」が表れるみたいだ。一線を越えてしまった男の元に天使が現れ、前に戻してやると言われたその後の物語のようだ。なかなか魅力的な俳優が多い集団。今回はどんな展開になるのだろうか。

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阿佐ヶ谷ジャズストリートは楽しい

 杉並はいろいろなイベントを行う。七夕や阿波踊り、それにこのジャズフェスティバル。正式な演奏も素晴らしいがゲリラ的にいろいろな人が演奏するのも楽しい。北口で竹内郁人の演奏を聴いた。素晴らしかった。私も演奏したくなった。
 阿佐ヶ谷の南口の会場は数百人が集まって盛大な演奏会場になっていた。私はジャズは好きなんだけれど、曲名も演奏者にも詳しくない。もう少し楽しむためにもジャズのことをいろいろ知りたくなった。とりあえず、CDを買って家で練習してみることにした。さてどうなるか。
 

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2006.10.09

東京モスクに行ってきました

 東京モスク、別名東京ジャーミーに行ってきた。トルコ文化センターに関わるトルコ人の夫妻が誘ってくれた。彼らは様々な方法で、日本とトルコの架け橋の役割を果たしている。楽しい食事と語らい、そしてトルコの楽器演奏が行われた。素晴らしい演奏でとても楽しめた。私も思わずその楽器を演奏したくなった。演奏者が2人の日本人だったのもビックリだった。
 イスラム原理主義は何かと世間を騒がせているが、ここ東京モスクには自然で穏やかな雰囲気が漂っている。モスクはトルコの方々の基金で作られたとのことで、その内部の装飾は大変美しい。内部の撮影は通常許可がいるようだが、この日はOKをいただき、この美しさを記録することができた。トルコは世界で最高の芸術レベルを誇った時代があり、その素晴らしさはあえていう必要はないだろう。
 イスラム教がなぜ世界に広がっているのか、キリスト教や仏教を信じる人たちも考えなくてはならない。彼らは日常の関係をきちんと持ち続ける。お互いの人との関係を大切にする。イスラム教が民衆に支持されているのも人々の日常を支えているからだろう。ラマダンの間はお互いの家を訪問しながら交流するという。我々の予想と違って、彼らはこの期間が楽しみだそうだ。食べられない苦しみを味わい、その時代や人々に思いをはせると同時に、仲間との連帯を楽しむ。なかなか、よくできた形だと思う。
 宗教については、哲学的に興味がある。信仰を固定するのは好まないが、もう少しコーランの内容も含めて勉強してみたいと思った。Simg_8257

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2006.09.18

能の黒塚を見てきました

 金春円満井会の定例会で最後の演目の黒塚でシテをつとめた中村昌弘さんから招待をいただき、その演技を見てきた。黒塚とは別名では安達ヶ原ともいうそうで、人を食らう鬼女の話しだ。狂言は仕事柄見ることがあるが、能はあまり見ることができなかった。今回、久しぶりに見たが、その演技からは日本の伝統芸能の奥深さを感じることができた。また能そのものからも鍛えられ動きの中にある表現の美しさを感じることができた。笛や太鼓、地唄も素晴らしく、まるでオーケストラの様だった。中村さんも初めて踊るとは思えない堂々とした演技で圧倒的な存在感があった。鬼女として演技するときも顔の振り方や山伏との応対にも華やかさがあった。衣装も、面も素晴らしい。こんな世界もあったのだと思わされた。彼は小学生の時から(もっと前かもしれない)この世界にいて、鎌倉の薪能や国立能楽堂で踊っていたが、プロの能楽師になるとは思わなかった。それだけ、奥が深いのだろう。ホームページで見ると、今回の舞台に対する気持ちが出ているが、若者らしい抱負が書かれていた。これからも自分なりの解釈を加えながら踊っていくのだろう。
 黒塚を、もう少しよく調べてみた。安達ヶ原とは福島県二本松市の安達太良山の東山麓一帯を言ったのだそうだが、ここに京から移り住んだ公家の乳母、「岩手」がいた。姫の病を治すために妊婦の生き肝が必要だと言う易者の言うことを信じ、宿をとった若夫婦の妊婦の腹を切り裂き肝を取りだした。しかし、それは生き別れた実の娘だったということで、気が狂ってしまう。それから、「安達ケ原の鬼婆」として生きていた。
 黒塚ではその糸車を回しながら謡う場面は前半の山場だ。女の悲しさ、儚さがその謡いで表される。糸車を寂しく回しながら自らの定めを嘆き、涙にくれる。私はその謡いの意味はほとんどわからず、後で調べてその悲しさを知ったのだが。
 「げに侘人の習い程、悲しきものはよも有らじ。かかる憂き世に秋の来て、朝げの風は身にしめども、胸を休むる事も無く、昨日も空しく暮れぬれば、まどろむ夜半ぞ涙なる。あら定めなの生涯やな」
 那智の山伏が来て、一夜の宿を借りる。薪を取ってくると行って夜中に山に出かけようとする。その時、自分の寝屋を見ないように山伏に言う。山伏は私はそんな人間ではないと言う。しかし、従者が山伏の寝入った隙に見てしまう。この時の従者の人としての迷いや弱さを表す動作は面白おかしく演じられる。狂言としての性格を持っている。
 覗いてみると、そこには白骨や屍が累々と積み重なっている。従者はそれを山伏に告げ、逃げていく。女は山伏に寝屋を見られたことを知り、鬼女に変身して帰ってくる。山伏達は数珠で念仏を唱えながら戦う。鬼女の衣装を美しく、般若の面も女の心を表すものとしてよく使われるようだ。この時のお互いの動作や笛や太鼓は素晴らしく、緊迫感に満ちた内容になっている。演劇としてもよく作られている。決して古くさい感じはしない。最後は山伏によって倒されるが、それはこの鬼女の願いでもあったのではないかと思わせる。本当に奥が深く、人それぞれの思いによって様々に解釈できる流れになっていると思う。
 今回は神楽坂の矢来能楽堂だった。柱が少し邪魔になったが、近くだったので動きや衣装をよく見ることができた。日本の伝統が演技者や演奏者、そして観客によって様々な形で支えられていることがよく分かった。この伝統を楽しみながら守っていって欲しいと思う。

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2006.08.06

北澤美術館とガレの作品

 諏訪湖にある北澤美術館に行ってきた。それはそれは素晴らしい作品群で、よくこれだけ集めたものだと思う。私はガラスや石が好きなので、機会があれば展覧会や現場に出かける。日常の生活に使う当たり前のガラス製品も好きだし、飾り物のチェコのボヘミアクリスタルガラスの製品も好きだ。もちろん、薩摩切り子や江戸切り子もいいし、ガラスの風鈴も大好きだ。また、ただのビー玉もいい。つまりガラスだったら多分なんでも好きなんだと思う。
 この北澤美術館は諏訪湖のほとりにあり、アール・ヌーボ期のガラス作品と日本画の収集と展示を行っている。特にエミール・ガレやドーム兄弟、ルネ・ラリックの作品が充実している。700点もあるとのことだが、そのうち展示されているのは数十点だけだ。そもそもこの北澤さんという人は北澤バルブ(現キッツ)という会社を経営していて、軌道にのったころから日本画の収集を始め、その後ガラスの作品を収集したとのこと。1983年に諏訪湖畔に美術館を設立したそうだ。
 今回、入口を入ったところで、館員の方が一つ一つの作品を詳しく説明して下さった。豊富な知識とわかりやすい説明で、思わず聞き入ってしまった。その後も一作品ごとに、その作品の特徴や技法、書かれている言葉の説明、時代背景、ガレの思いなど、本当に素晴らしい説明をして下さった。照明を消して、見え方の違いを目の当たりにできたこともうれしかった。
 説明して下さった館員の方の作品や作者に対する愛情が伝わってきて、大変興味深く、また面白く作品を味わうことができた。お名前をうかがわなかったので、後で、ネットなどで調べてみた。その方の博識ぶりと深い見識からみて、鈴木潔北澤美術館学芸部長に違いないと思っている。彼が作品の前で私にカードの中から一枚選び出し、渡してくれた。

 エミール・ガレの言葉
「自然を前にして感動すること。その無垢な美しさに心打たれること。命あるもののうつろいの早さを惜しむことと傷心の日には、花という清らかではかない存在を心も友とすること。どれもが、装飾芸術の秘訣なのです。」

 ガレの作品の多くに登場するトンボなどの昆虫や花々。その素晴らしさとはかなさの両面を見通した表現に通じるものをこのカードの言葉に感じた。約1時間、お話を楽しむことができ、本当に感謝している。またフラッシュをたかなければ写真で撮影してもよいのも嬉しかった。皆さんも、機会があったら北澤美術館に行かれることをお勧めします。運がよければ、素晴らしい解説付きの1時間を過ごすことができると思います。

 現在、北澤美術館本館SUWAガラスの里(北澤美術館新館)、清里北澤美術館の3つがある。詳しい説明が載っているので、ぜひご覧ください。
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2006.06.25

「さよならホスト」見てきました

 THE東京ピチピチBOYSの「さよならホスト」の第八回公演を見てきました。シアターVアカサカでやっていました。まだ2002年にできたばかりの新しい演劇集団です。今回はこの作品に出演中の星野卓誠(ほしのたかのぶ)君のお母さんから紹介されてこの芝居が行われることを知りました。彼は私の息子と同級生で小さい頃から知っています。野球の上手な少年でした。久しぶりに見るたかのぶ君はすっかり大人になっていました。
 赤坂の駅から歩いて5分。初めて行く場所なのでわからないかなと思っていたら、電信柱にしっかりシアターVアカサカと書いてあり、すぐにわかりました。少し早いので近くを散歩しようかと思ったら、40分以上前なのにもう多くのお客さんが中に入っています。前から10番目ぐらいに並んで入ることができました。
 この劇場は250人が収容できる中間的な大きさの劇場ですが、なかなか快適な空間でした。昼間の部だったんですが、お客が多くて、その対応で開演が遅れるほどでした。
 内容は、つぶれそうなホストクラブを、開店直前に死んでしまったNO1ホストが共同経営者やホストたちと立て直そうとする物語。コミカルな味付けのストーリーが、非常に素直で優しい目線で描かれている。たかのぶ君も自衛隊出身のホスト役で、重要な役をやっていました。全体的に観客と団員が楽しさを共有する感覚が生まれていて、ミスも含めて楽しむこ