谷中のお墓参りとお彼岸の由来
うちのお墓は谷中。奥さんの家は雑司ヶ谷。今日は二カ所に行ってきた。我が家は神道。母方はキリスト教。私は無信教。こんな家のお墓は、なかなか面倒を見てもらえない。
今日は仕事が一段落したので、久しぶりに行ってきた。以前、行ったときはアザミが茂っていて、トゲが凄くて取るのに難儀した。結構根っこから抜いたつもりだったが、また生え始めていた。しかし、前回と違ってトゲは痛くない。そう、春なんだ。
奥さんがこういった。
「よくできているわね。お彼岸って。春と秋でしょ。年に2回、それも暑い夏を避けて。家族でそれくらいは来て、お墓の面倒をきちんと見なさいって事なのかもしれないわね。」
私も変に納得。特に理由はないが、時々は来ないと行けないなと思う。年をとったのかもしれない。若いうちはお墓の事なんか考えもしなかった。
ところで、お彼岸って何だろう。調べてみた。
お彼岸って、春分、秋分を中日として前後3日ずつ、七日間のことをいう。しかし、なぜ春分、秋分の時がお彼岸なのかな。
仏教の阿弥陀如来が治める浄土は西方にあるという。いわゆる西方浄土。春分、秋分ともに、太陽は西に沈む。そこで、西方に沈む太陽を拝み、西方浄土を思い描いたという訳だ。
そして「彼岸」はあちら側の岸、つまり死の世界とし、こちら側の岸、つまり生の世界と分けて考えたという訳だ。
そこに「日願」という意味もかけてあるのだという意見もある。西に沈む日に西方浄土の世界への思いをかけているという。そして、それが亡くなった祖先への供養の時となったということだそうだ。
しかし、さらに調べてみると、この習慣は他の国にはないとのこと。これは仏教伝来前の日本にあった別の習慣が仏教と結びついて生まれたものという意見の根拠となっている。
それは春は「種苗」、秋は「収穫」という季節の流れと結びついた感謝の祭りが彼岸に結びついたということ。確かにありそうだ。
そしてさらに、この習慣が江戸時代に広まったのは、気候がいいこの時期に民衆が仲間と飲み食いすることに対する幕府への言い訳としてちょうど良かったという意見もある。これも確かにありそうだ。
最後に「彼岸」という漢字そのものは、仏教用語で梵語の「波羅蜜多(はらみつた)」を漢訳した「到彼岸(とうひがん)」から来ているそうだ。
何でも調べてみると奥が深いものだ。
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