趣味

2008.05.17

ソニーのハイビジョンビデオカメラ、HDR-SR11はなかなか便利なビデオ

 ビデオカメラはいろいろ種類がある。ザクティ、カシオのEX-F1だってハイビジョンビデオカメラ。ソニーのHDR-SR11は最新のハードディスク内蔵ビデオカメラ。60ギガと120ギガがある。私が見せてもらったのは60ギガのタイプ。画質はとても綺麗だ。便利なのはビデオ撮影中に写真を撮れること。画質は通常の1020万画素から760万画素に落ちるけれど、それにしても同時保存ができるというのは便利。
 紹介してくれた仲間の話だと、保存に時間がかかるそうだけれど。また、撮影したハイビジョンカメラの動画から210万画素の写真を切り出すこともできるようだ。
 なめらかスロー録画にすると、3秒を12秒で再生できるとのこと。つまり4倍だからかなりのスローが可能になる。でも3秒が限度だけれど。
 タッチパネルの操作も洗練されてきていて、使いやすそうだった。これも欲しくなる機器だ。ヨドバシで114300円

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2008.03.09

昨日、自由が丘で土星を見た

 昨日、職場の行事で屋上に天体望遠鏡を設置した。自由が丘という場所柄、非常に周囲は明るく、よく見えるかどうかも不安だった。また、使用した望遠鏡((ゴトウ製)は多分30年ぐらい前のもので、接眼レンズにはカビがきていた。対物の方はそれほどでもなく、また赤道儀も少しホコリはたまっていたが、動きに支障はなかった。3年ほど前に一度組み立てたことがあって、壊れてはいないことはわかってはいたが、ほぼ全ての部品がそろっていてとてもラッキーだった。全ては一緒に作業をしてくださった方のおかげで、順調に調整が進み、屋上にセットすることができた。後は、昨日の星座で見る対象を何にするかが問題だった。月が出ればそれがいいと思っていたのだが・・・。

 ネット(国立天文台・今日のほしぞら)で調べてみると、なんと昨日は新月。見えるはずがない。次に惑星を調べてみた。日没後1時間程度の時に火星、土星が見えるはずということがわかった。またオリオン座、大熊座、夏の大三角形ももちろん十分見えるはず。

 屋上に戻り天体望遠鏡のセットに移った。仲間の詳しい方がスポットを調整してくださり、赤道儀も調子よく動くようになったので、後はそんなに難しくはなかった。東の空に輝く土星と思われる星にスポットを合わせのぞいてみる。はじめは接眼を倍率の高い方にしていたが、明るくて倍率の低い方に取り替えてみた。すると、見事に土星が・・・!輪が斜め50度くらいに傾いた状態ではっきりと見ることができる。

 また双眼鏡の方ではプレアデス星団をくっきりと見ることができた。これもいくつもの星が輝いていてとても美しかった。

 最初はほとんど町の明かりで見えなかった大熊座や北極星も少しずつ見えるようになってきた。冬の晴れ間が続いた昨日は雲が全くなく、2時間の間、じっくりと観察できた。見た人たちはみんな感激と感嘆の言葉。私自身も久しぶりに見た土星に、しかも自由が丘の空に光る土星に感動しながら、観測会を終了。

 やはり以前磨いた反射鏡をぜひ天体望遠鏡として完成させたいと思った。よし、材料を購入しよう。
 

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2008.03.07

写真の歴史を調べてみた

 久しぶりに昔の写真を見た。懐かしいものだ。いったいいつから写真ってあったのだろう。ちょっとだけ調べてみた。

1,カメラ・オブスキュラという箱。このラテン語は暗い部屋という意味だそうだ。基本的にはピンホールカメラの原理と同じで、小さな穴から写った映像をなぞるために使ったそうだ。これが16世紀のことで、カメラの原点。

2,アスファルトを感光版とした世界で初めてのカメラが作られたのが1826年。ニエプス人が考えたそうだ。露光時間は数時間。

3,アスファルトから銀板を使った感光版を考え、露光時間を30分程度までに速くしたカメラがダゲレオタイプ。1839年、フランスのルイ・マンデ・ダゲールが開発したとのこと。

4,ネガ・ポジの方法を使うカロタイプといわれるカメラはウイリアム・ヘンリー・タルボットによって1841年に開発された。露光時間は2,3分になった。

5,フレデリック・スコット・アーチャーにより、1851年に湿式の感光膜による湿版写真法が開発され、露光時間が数秒になった。

6,1871年に乾板がリチャード・リーチ・マドックスによって開発。もう露光時間を気にすることはなくなりました。

7,1888年にイーストマン社によりセルロイドを使ったあの有名なコダックカメラが発売された。

8,1907年に世界で最初のカラーフィルム、オートクロームが登場。

9,そして1950年、一眼レフカメラの発売。

10,1981年にソニーからマビカが発売。デジカメの橋渡し的存在。これはフロッピーにデータを保存していた。私は使っていたのだ。ただし、これはテレビに映す方式なので、現在のデジカメと同じではない。

11,1990年、コダックが初の市販デジタルカメラDCS100が発売され、デジカメの歴史が始まる。

12,1995年にカシオからQV10が発売され、これが爆発的なデジカメの普及につながった。私はこれも購入した。当時、6万円程度だったと思う。この後、QV30も含めて連続して購入した覚えが・・・。画素数が急速にアップしていき、パソコンとの連動もこのころから自由にできるようになっていく。

 こうやってみてくると、私自身が写真の歴史とかなりかぶっているんだなと思う。私の祖父の時代の写真が残っているが、昭和の初期のものだ。親父が神宮球場で投げている写真も残っている。二眼レフで撮影していた。上からのぞき込む方式で、ピントを合わせるのにコツが必要だった。

 私の写真だって、半世紀を超える。本当に時代が変わったんだなと思う。これから写真はどのように進化していくのだろう。

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2008.01.31

大きめのトンボ玉をkinariのガスバーナーで作成

 今日、kinariのガスバーナーでトンボ玉を作成した。今までの理科用のガスバーナーと全く違う。ファンがついているのと、ガスの出口の大きさが、作り方を一変させた。

 ガラスロッドはすぐに広い範囲で柔らかくなり、大きなガラスの玉を作ることができる。それをリムーバーのついた鉄棒に絡ませるときにも、炎から外れにくいので作業がしやすい。

 絡んだガラス玉の形の歪みを直すときも、炎が大きいのでやりやすい。これは使いやすい。やはり道具はきちんとそろえるべきだ。今後はコテを使って俵型を作ったり、マーブルを作ったりしてみたい。早く購入するべきだった。

 ただ、あの細いガスバーナーで今までよく作っていたものだ。結構、炎を見る目は上がっていたのかもしれない。次の機会には作品の写真や動画を撮ってみようと思う。

 なお、ガスバーナーの性能は以下の内容だ。
**********************************
専用ACアダプター付き。都市ガス(12A、13A)、プロパンガス兼用。
火力:LPG1500キロカロリー、天然13A都市ガス1200キロカロリー
炎の温度:600~950℃ 風力:4.5リットル/min
キナリガラスは480℃~熔け始める。
サイズ:約φ140mm×H240mm 重量:1,550g
価格(税込) ¥23,100
**********************************

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2008.01.27

浅草橋でトンボ玉作成キットを購入

 小学校の頃から石だとかガラスが大好きで、中学校では化学部でクリスタルガラス等を作っていた。ここ数年、普通のガスバーナーでトンボ玉を作っていたが、最近ちょっとそれに限界を感じてきた。やはりガスの力が足りない。大きい物や模様入りの様なものを作るときにちょっと難しい。できないことはないのだが、逆に技術と集中力が必要だ。

 そこで、浅草橋にあるkinariでプチバーナーセットを購入した。今日は、友だちが付き合ってくれた。男でトンボ玉をやる人も最近増えている。私としては、ようやくスタートラインについたという感じだ。これから少し本気でガラス細工に取り組んでいこうかな。私の理想はやはり職人なので。

 ところで、ガスバーナーのセットは予想通り2万7千円程度だったのだが、思ったよりも高かったのがガス管。近くの店で1mで100円かと思ったら、10cmで100円だった。だから2mで2000円もした。ちょっとビックリ。

 来週は少し作品を作ってみよう。気に入った作品ができたら写真をアップしますね。

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2008.01.25

トンボ玉を普通のガスバーナーで作成

 最近、いろいろなところで見かけるガラス細工の代表、トンボ玉はなかなか手強い。紀元前から作成されていたそうだが、素晴らしい技術だ。専用の道具が売られている。

特に有名なのがkinari。製作用のセットや部品が売られている。全部揃ったヤツが41,790円。ファンタイプのガスバーナーやガラス棒も1kgセットされている。プチタイプが27,500円で基本的にはこれがあればいい。これ以外に園芸用のバーミキュライトと大きな空き缶があると便利。その中にできあがったガラス玉を入れて冷ます。

 よくある学校のガスバーナーでも作成することができる。それは3000円程度で手に入れることができる。ただ、逆に技術的に難しくなる。できたら上記のプチセットを購入したいところだ。といっても、私は東急ハンズで購入した剥離剤とガラス棒で作ってきた。ただ、最近その限界もよくわかってきたので、今週末にプチセットを購入してこようと思う。

 毎日やる趣味ではないが、ちょっとした気分転換にこれからもトンボ玉を作っていこうと思っている。

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2007.09.24

デジタルオーディオプレーヤーってどうなのかな

 私は最近デジタルオーディオプレーヤーを使っていなかった。3つの理由で。
 
 一つは通勤の一部で自転車を使っていること。後ろから車が来たときに気がつかないのだ。自分が車を運転しているときにも思うのだが、気がつかないで真ん中をのんびり走っている人は危険だ。車は当然よけると思っている。

 もう一つが、電車の中での音漏れだ。周囲に迷惑をかけている人もまだ多い。自分だけ気持ちいいというのも何だか。

 そして、音や映像が入ると、単なる時間つぶしになってしまい、その場で考えることができないということもある。

 しかし、今回は英語の勉強を再開したいと考えているので、やはり購入しようかなと思っている。人に迷惑をかけずに、危険性も排除して。時間つぶしになってしまうかもしれないが・・・。
 
 iPod全盛の中で、ソニーの新型も販売されようとしている。旧型もたくさんある。音漏れしないけれども車の音も聞こえるというのはあるのかな。さて、少し調べてみよう。

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2007.05.04

和田堀公園の写真展

 杉並の和田堀公園の池沿いで写真展をやっている。朝、準備するときはどんなものかはわからなかったが、しばらく立って行ってみると、なかなかの内容だった。鳥の写真が主だが、植物や風景もあった。
 カワセミ、ヤマセミ、鵜、モズ、シジュウカラ、メジロ、オシドリ、ヒヨドリ、ハクチョウ等の美しい写真が展示されていた。また、葉書大を最小に、様々な大きさのカードが置いてあった。数枚なら無料で持って行って良いとのことで、朝の散歩の人たちが群がっていた。
 使っている機材もかなり良いもので、数十万もするデジカメや400mmのレンズなど、かなり値のはるものだ。しかしそれだけのことはある出来だと思う。私は秋川で撮影したヤマセミ、そして定番のカワセミ、そしてヒヨドリが実を食べようとしている作品がいいなと思った。なかなか楽しめる写真展なので、お近くの皆さんに限らず、ちょっと遠くの方もどうですか。

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2006.11.19

東京ビジュアルアーツで写真研修

 東京ビジュアルアーツでの写真研修に参加してきた。今年で2回目。Simg_8633
マックとフォトショップCS2で自分の撮影した画像を編集し印刷する。エプソンの光沢顔料プリンタのPX-930を主に使った。さらにPX-G5100、PX-G5500のA3ノビまで印刷できるプリンタも試させてもらった。講師はこの学校の稲元史郎先生。わかりやすくまた的確に指導して下さる。
 今回は自宅から持ってきたハードディスクに入れたRAWデータを様々に加工し印刷した。トーンカーブ、シャドー、ハイライト等の使い方がわかった。部分的にトーンカーブで調節するやり方もわかったので、覆い焼きの様なこともできた。PX-G5500では、モノクロで印刷した。題材は軽井沢の三笠ホテル、鬼押し出し、富士山。この中からいくつか選び、いろいろな技法を試してみた。
 富士山に咲いていたムラサキモメンヅルもくっきりとよみがえった。花びらの白い線が浮かび上がり、周りの色が落ち着いた深い緑になった。また倒木も白と黒の縞がその肌の模様をしっかりと主張している作品になった。A3ノビの作品としてはなかなか良い物になった。また三笠ホテルの窓枠シリーズはそれなりに作品としてまとまった内容になった。
 しかし、残念なことに、これらの作品を飾る場所がない。自宅では壁にはる場所はないし、どうしよう。友達の言うのには、井の頭公園で売っている人がいるそうな。私もだれか気に入ってくれる人がいたら販売しようかな。

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2006.11.12

ジゴペタラムの花芽が出た

 今日、ようやく植物の世話をした。もう寒すぎるのだが、あまりひどい状態だったので無理を承知でやってみた。芽が出ていたのがジゴペタラムとオンシジュウム。それにファレノプシスの新芽が伸びてきていた。多分あれは花芽。またクリスマスカクタスも花芽が膨らんでいた。ジゴペタラムはもともと世田谷のオーキッドナーサリーで購入したもので、とても香りの強い花だ。地味な花なので目立たないが、結構気に入っている。胡蝶蘭は今年の東京ドームで行われた蘭展で1000円で購入してきたものだ。3ヶ月も楽しませてくれたので、今年は元気がないかと思っていたら、結構勢いがいい。
 観葉植物では、ベンジャミンが今年は元気。テーブルヤシも葉が大変元気。さらに面白かったのは、もう15年以上育てている樹齢30年は越えているだろうと思われるベンジャミンの親木にできた実をまいたところ、新芽が4つも出てきたことだ。いつもは親木を弱らせるのであまり歓迎はしないのだが、生えてきた赤ちゃんを見ると可愛くて、もう一度育ててみたくなる。またアジアンタムも大きくなっている。春に育てていたスミレもまた花を咲かせていた。挿し木で育てているベンジャミンの若木も葉っぱが美しい。スパティフィラムは葉っぱが増えて大きくなった。たくさん花が咲いたのだが、植え替えはしていない。多分根づまり状態になっているだろう。春になったら植え替えなくては。ガジュマルとマングローブは元気。でもマングローブは形がまだよくない。来年に期待。クリストキサムは20年以上前に東京ドームで購入したもの。黄色い可愛い花を咲かせるのだが、今まで咲いたのは2回だけ。今年も新芽は元気だが、花は咲きそうにない。 さて、今年の冬、みんな元気に生き延びて欲しい。

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2006.11.10

今年もソーラークッカーに挑戦

 今年は縦が90cm、横が20.5cmの紙が大量に手に入った。これを使って、パラボラアンテナ状にソーラークッカーをつくることにした。前回は傘を利用したものが一番温度を上げることに成功したのだが、今回は一ひねりしてある。板の真ん中に穴を開け、そこに紐を通す。8枚束ねることができたら、それを円形に開く。後は紐で両端を持ち上げ、パラボラ状にする。その内側にアルミホイルやテープを貼る。真ん中に板目紙を丸めたヤツを立てて、そこにペットボトルなどをつける。中身やボトルにも工夫するといい。これは思ったより簡単で、しかも効果的だ。できあがりも美しい。次回は温度実験になる。いったい何度ぐらいまで上げることが出来るのか、楽しみにしている。
 ちなみに昨年は60度ぐらいまでしかあがらず、目玉焼きはできませんでした。めざせ目玉焼き!後日また報告します。

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2006.09.20

鉱物について

 私は鉱物が好きだ。黄鉄鉱(パイライト)の固まりを握っていると気持ちがいい。昔からなのだ。調べてみると、黄鉄鉱には不思議な力があるという。これを持つ物は危険を遠ざけ、厄介者から身を守ると言われる。また金運を高め、富を呼び寄せるとも言われる。さて、私に関してはどうだかわからないが、これを持つ他の皆さんはどうなのだろう。実際にそんなことを信じて持っているわけではないが。単純にこの石が好きなのだ。
 ところで、各地を旅行していると、つい石を拾いたくなる。今、家のトイレや植物の横には石がよく置かれている。それも大きいものではなく、小さいものが。中にはオーストラリアで購入してきたエメラルドの様な石や伊豆で購入した翡翠といわれる石などは大きな顔をしている。電動カッターで切ろうとしてもビクともしなかったこれらの石は、これから私の意志によっては削られ磨かれる運命にある。これは私が子どもの頃菊花石をコツコツ磨いた経験から来るのかも知れない。ガタガタの石が磨かれワックスを掛けられると見事に光を放った。感動した覚えがある。 
 また、私の奥さんがまだ学生のころ、海外旅行のお守りに石を磨いてお地蔵様を作って袋に入れて渡したことがある。これも自分なりに満足した覚えがある。奥さんはどうだか分からないが。それ以来見たことがないし・・・。
 昔、顕微鏡で火山灰を見たら美しい結晶がたくさん混じっていて感動したこともある。確か、バヤリース層やごま塩層だったと思うけれど。皿で洗っていって、残ったのを見たら、小さいけれどきれいだった。
 あと、河原を歩いて、そこら辺の石を割りまくっていたら中から美しい光り輝く鉱物が出てきたことがある。あの時は何か分からなかったが、その色から黄鉄鉱ではないかと思っている。
 と言うわけで、私は石が好きだ。9月には国際ミネラルアート&ジェム展が9月29日から10月2日にかけて、新宿の第一生命ビル1Fで行われる。6月の東京国際ミネラルフェアが終わった今としては、これがいいのかな。
 また、石磨きに挑戦してみよう。

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2006.07.27

マングローブを育てています

 マングローブを手に入れました。マングローブといってもこれは総称だそうで、様々な植物があるようです。代表的なものにオヒルギ、コヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ホウガンヒルギ、ハマザクロ、ラグンクラリア、ツノヤブコウジ、アエギアリティス、ヒルギダマシなど、世界で16属、約120種あるそうです。
 マングローブの特徴として次の4点があるそうです。
1,大気中に根をだす(呼吸根という)
2,胎生種子植物であること
3,塩水にひたっても枯れないこと
4,海と森の二つの生態系を持っていること
 私が手に入れたのは多分メヒルギです。入手先は夢の島植物園。嬉しいことに同時にガジュマルも手に入れました。現在、内のベランダで成長中。最初は小さな葉っぱが枝のような棒の先についていましたが、今はその葉が大きく広がり、数も増えてきました。
 これから写真も載せていこうと思います。とりあえず報告です。

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2006.07.03

1時間はなぜ60分なのか

 この世界は、一見、十進数で作られているように思える。しかし、我々の根本である時間は12進数や60進数で作られている。なぜなのだろう。
 さかのぼる事4000年前、紀元前2000年のメソポタミア(現在のイラク周辺)で、昼間を6等分した日時計が作られていたという記録があるそうだ。また、紀元前1500年程前の日時計がエジプトから発掘されているそうだ。5つに分割されているのだが、日の出の日の入りで2つ、午前と午後でT字型の向きを変えることで5×2で十分割、合計12の単位で分けられていたそうだ。
原子時計の時代
 また、イギリスに残るストーンヘンジは直径100mの円形に巨石が配置されている。高さ7mの巨石が5組、高さ4.5mの巨石がさらに30組、これらが中央にある祭壇石の周りに配置されている。諸説があるが、古代の天文関係の施設という説もある。夏至の朝には太陽はヒールストーンといわれる巨石の付近から昇り、その太陽の最初の光線が馬蹄形の配置の中にある遺跡の中央に直接当たる。つまり古代の暦に関する施設は円であったのだ。
ストーンヘンジ
 この円を分けることができる数から現在の時に関する数字が出てきたのではないかといわれている。また、天体の観察から、1年に12回、月の満ち欠けがあることはわかっていた。とすると、円を12分割すると1年がそこに表わすことができることに容易につながる。
 また古代メソポタミアでは1年は360日と考えられていたそうだ。そうすると、1月は30日になる。また、円の角度をそこにあわせると、1ヶ月は30度ということになる。
 1日の時間である24時間を昼と夜の二つに分けると12時間、円を12分割すると1時間の角度は30度になる。また、円そのものを半径で切っていくと6等分できる。その一つの角度は60度だ。
 つまり、時間の単位を円を利用して考えていくと、12進数、60進数が見えてくる。また60は2,3,4,5,6,10,12,15,30で分けることができ、大変表わしやすい数であるともいえる。
干支の数学
 過去の人々が月の満ち欠けからこの12とか60という数字を利用するようになったと考えると何だか、空を見つめている昔の人々の目線が感じられ、とてもうれしくなってくる。きっと随分長い時間、見つめつづけ、こんな約束に気が付いていったのだろうな。人間は無駄と思われる膨大なチャレンジの積み重ねで知識や文化を創ってきたのだと思う。なお、日時計の考え方もここに関係している。ただ、これは次の課題としてまた考えてみよう。

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2006.07.02

コンクリートとは

 コンクリートとは、セメント、骨材、水等、複数の材料を混ぜて作られたものです。性質として、圧縮する力には強いが引張力には弱い。そこで、鉄筋を入れることによって引っ張られる力を補っているのだ。
その詳しい成分は・・・。

1,セメント
 セメントは石灰と粘土を4対1の割合で混ぜ合わせ焼いたモノに、石膏を混ぜ合わせたもの。成分は主に4つのカルシウム、(珪酸三カルシウム[(CaO)3(SiO2)]、珪酸二カルシウム[(CaO)2(SiO2)]、アルミン酸三カルシウム[(CaO)3(Al2O3)]、鉄アルミン酸四カルシウム[(CaO)4(Al2O3)(Fe2O3)])。

2,細骨材(砂)と粗骨材(石や砂利)
 砂や石は、山砂が適当。これらを入れておかないと、コンクリートが固化し収縮していくときに、小さくなりすぎてひび割れだらけになってしまう。およそ7割程度を入れるようだ。
 また海砂を使ってしまうと、その塩分がコンクリートに悪影響を与え、劣化させてしまう。特に鉄筋を入れた場合、コンクリートの中で不動体皮膜という酸化皮膜が作られ、周りが覆われている。それはアルカリ性の環境の中で作られる。塩分はその皮膜を壊してしまい、劣化させていく。腐食した鉄は膨張し、まわりにヒビをもたらす。
 コンクリートそのものもアルカリ性の状態が、空気に含まれる酸素や二酸化炭素、水と反応し、中性化していく。
 
3,そして何と水が必要。水とセメントが水和反応することによって硬化する。
2〔3CaO・SiO2〕+ 6H2O → 3CaO・2SiO2・3H2O + 3Ca(OH)2
2〔2CaO・SiO2〕+ 4H2O → 3CaO・2SiO2・3H2O + Ca(OH)2
3CaO・Al2O3 + 6H2O → 3CaO・Al2O3・6H2O
4CaO・Al2O3・Fe2O3 + 2Ca(OH)2 + 10H2O → 2〔3CaO・(Al2O3,Fe2O3)・6H2O〕
さらにそこに出来た物質に石膏が反応することにより、硬化物質に変化していくのだそうです。
3CaO・Al2O3・6H2Oと石膏(CaSO4・2H2O)が反応して硬化反応を進行させるエトリンガイト(3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)になる。
つまり、水が蒸発して固まるのではない。化学反応なのだ。

 そしてこれらのコンクリートの今後は、まだどうなるか分かっていない。セメントそのものは古代ローマ時代から水道などに使われてきたそうだが、現代のコンクリートの混ぜ方になってからはまだそんなに経っていない。今後、コンクリートの建造物がどうなっていくか、注意しながら見ていかなくてはならない。
 つい先日あった鉄筋の使用量を減らした問題だけではない。水を多く入れることにより、水っぽいコンクリートがかなり多く使われているという。水が少ないとミキサーの中やパイプの中で固まってしまうことがあるのだそうだ。そうすると、コンクリートを流し込む時期が違ってしまい、二つのコンクリートの固まる時期が違うことによりくっつかなくなってしまうことがあるのだそうだ。コールドジョイントという現象でかなり頻繁に起きている事のようだ。
 また、現在、山砂が少なかった西日本の多くの建造物が危機にさらされているといわれている。安い海砂が大量に使われた時期があるというのだ。トンネルで保安員が金槌でコンクリートを叩いてまわっているのは、鉄筋の腐食による膨張でコンクリートが浮いているところがないか確かめているというわけだ。山陽新幹線のトンネルでは、現実にコンクリートが落下して新幹線の運転に支障をきたしている。
 
 調べれば調べるほど、周りの建造物が危険に見えてくる。私たちの周りの橋やトンネル、ビルが一斉に崩れることがないように祈っていよう。

参考サイト
コンクリートはなぜ固まる?
水和反応について
コンクリートとは何だろう

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2006.06.07

ホバークラフトを作ってみました

 ホバークラフトの原理はそれなりに難しい。少なくても風を吹きつけてその反動でういているわけではない。スカートと呼ばれるまわりのゴム部分は本当にわずかしか浮いていない。基本はパスカルの原理と関連しているとのこと。流体の中の一点に圧力が加わると、その圧力は流体全体に伝わる。薄い空気の膜がその流体に相当する。油圧のジャッキなどと同じ考えだそうだ。空気の接する面積が大きければそれだけ力も大きくなる。
 今回、みんなでお手製のマシンをつくることにした。材料は掃除機のモーターと段ボール、そして浮き袋だ。モーターの分解に思ったより時間がかかったけれど他はそんなでもなかった。一番のヒットは段ボールを空気溜めに使ったこと。これはプラスチックの衣装ケースを使うよりはるかに性能がよかった。また接続のホースは掃除機のホースをそのまま使った。ガムテープは必需品で段ボールをふさいで空気が漏れないようにしたり、ホースをつないだりするのにかかせなかった。
 実際に作業をしてみるとほとんどの苦労は空気漏れをどう防ぐかということで、その他の苦労はそうたいしたことはなかった。掃除機の分解と電源の接続はそれなりに気を使ったが。またモーターから逆に風を吹きださせるのは電源をつなぎかえることでやろうとしたがダメだったので排出口からの風をそのまま利用した。
 下はベニヤ板をひいてそのうえに人が乗る形にした。スカートの部分は浮き袋。最初は車のタイヤのチューブを使おうと思ったけれど最近はチューブレスだそうでもらえなかった。
 結果は一人のっかって浮きました。電源コードつきですが簡単にできますので試してみたらどうですか。
 なお、ホバークラフトは結構皆さん作っていますね。
東工大のサイトはわかりやすいです。また趣味で本格的に作成されている方もいます。PDFですが、学校の先生も作成しています。参考にしてみて下さい。
 

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2006.06.03

トンボ玉を作ろう

 ガラス細工の一つとして、トンボ玉がある。これは大変古い歴史を持ち、紀元前15世紀ごろからエジプトで作成されている。中国では紀元前5世紀から紀元前2世紀、後漢の時代まで作成されていたようだ。「蜻蛉玉」という言い方は中国から伝わったようだが、模様がトンボの目のように見えるということからトンボ玉と言われるようになったようだ。
 今回は普通、学校にあるガスバーナーで作成する方法を紹介する。

1,道具をそろえる
・ガスバーナー(ガラス細工専用は5万円ぐらいのものがいい。3000円程度のものでも作成できる)
・ガラスのロッド(1本、280円程度からある、何色も用意すると楽しい。ソーダーガラスと鉛ガラスがある。混ぜて使用してはいけない。)
・剥離剤(いろいろあるみたい。とりあえずハンズのものを使っているが、房州粉と粘土を混ぜて使っている人もいる)
・園芸用のバーミュキライトとそれを入れる容器(バケツなどでもいい)
・鉄コテ
・鉄板
・鉄棒(太さはいろいろ)
・ガラスの破片を入れる容器
 これらは全て東急ハンズ等でそろえることができる

2,制作環境の設定
・ガスバーナーを接続
・剥離剤を捨てる容器
・一定の大きさの机(理科室の机ぐらいだったらOK)
・後は作るものの大きさに応じて除冷ガマのようなもの。小さいモノには必要ない。

3,制作
・まず、剥離剤を泥上にする
・鉄棒を中に入れて剥離剤がくっついてくる濃さにする
・剥離剤の付いた鉄棒をガスバーナーであぶり、水分を飛ばす
・真っ赤になるくらいまで剥離剤を熱するが、急にやったり、水分が多すぎたりすると剥離剤そのものがはがれる
・剥離剤が付いた鉄棒が冷めないように暖めたまま、ガラス棒を徐々に暖める(もしこれが不十分だととれなくなってしまう)
・回転させたり、上下させたりしながら、ガラス棒の先端部分を徐々に加熱する
・赤く色がかわり(特にソーダーガラスの方は)柔らかくなってくる。
・加熱しすぎると難しくなるので、柔らかさは調節が必要。また青い炎の所で作業すると早い。
・剥離剤のついた鉄棒を回しながら、溶けてきたガラス棒を鉄棒に巻き付けていく。
・巻き付け終わった鉄棒を回転させて、形を整える。多少ゆがんでいたり、料が均等でなくてもこの段階で修正できる。
・色を重ねるときは、同じ事をもう一度違うガラス棒で行う。また、ミルフィオリといわれる細かい模様の入ったガラスの小さな部品をくっつけてもう一度バーナーで全体を柔らかくし、模様を定着させることもできる。
・気に入った形に鉄コテと鉄板で加工する。転がしたり押しつけたりしながら細工する。コテの温度が上がってしまうとガラスがくっついて作業ができない。水等でさましながら使う。
・できあがったら、バーミュキライトの中に入れて徐々にさます。あまりどろどろの状態で入れるとバーミュキライトがついてしまう。
・何時間かたって温度が下がったら、水で鉄棒を濡らし、剥離剤に徐々にしみこませ、それから少しずつ動かし剥離剤をとっていく。
・ある程度剥離剤が取れてから、トンボ玉をゆっくりまわす。
・トンボ玉が鉄棒からとれたら、剥離剤をなるべく早くトンボ玉から取る。でも全部は取れないけれど。
できあがったモノは、ハシがとんがっていることがあるので、磨く。私はガラス用の磨きのグラインダーの小型のやつを使っているがヤスリなどでもできる。
・紐などを通してできあがり。

とても簡単でおもしろいトンボ玉。奥が深い楽しい製品です。
ぜひ作ってみて下さい。
なお吹きガラスやトンボ玉の制作の様子が写真の部屋の「吹きガラスのコップ作り」に入れてあります。
どうぞご覧下さい。
本も一冊紹介します。これはトンボ玉とは何かということを理解する上で参考になるものです。面白いだけではなく写真もきれいですよ。

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2006.05.27

道ばた探索・オオバコ

 道ばたにはいろいろなおもしろいものがある。人間の生活と深く結びついている。線路草といわれる植物もある。シロツメクサなどはもともと西洋から輸入される硝子製品の割れを防ぐための詰め物から広がったとも言われている。オオバコは中国等で「車前草」とも書き、車にひかれても良いような所に生える丈夫な草ということを意味している。「大葉子」とも書き、路上に開いた葉の様子から名前が付けられたと考えられる。
 この植物は基本的には他の植物と一緒にしておくと消えてしまう。日光を欲しがって背丈を伸ばしあうわけだが、オオバコは決して有利な植物ではない。そのため、他の植物が踏みつけられて育たない様な場所で生き残るのがこのオオバコなのだ。
 仕組みとしては維管束(水を通す管)そのものが、繊維で強化されているとのこと。多少、踏みつけられても維管束がつぶれないのだ。
 この話を聞いた30年ぐらい前、人間の生き方と関連しておもしろいと思った。人間も苦労が人を育てる。困難な状況を切り抜けるとそれなりに強化される。悲惨な状況を活かして、生き抜くというこのオオバコ、たいした物だ。

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2006.05.20

胡蝶蘭の花

 2月、胡蝶蘭を東京ドームの世界蘭展で買ってきた。久しぶりだったが、以前より少し混雑が緩和している感じだった。ゆっくり立ち止まって見ることもできた。たまたま見ていた沖縄の仲里園芸という店でタイムバーゲンが始まった。一株1000円だった。そこで、胡蝶蘭を2株買った。小ぶりの黄色のものと結構大きめの白色のものだ。交配はCygnus×Amabilisが白、Brother Lawrance×Dtps.sogo Prideが黄色。今、3ヶ月目だけれど、まだ思いっきり気持ちよさそうに咲いている。特に白の花の持ちは素晴らしい。バークで育てているが、とても1000円で手に入れた物とは思えない。もう一鉢胡蝶蘭があるが、それは水苔植え。若干衰えが見える。でももう1ヶ月、楽しんでいる。どちらもその値段をはるかに超える美しさを提供してくれた。そろそろ切って、来年の開花に備えなくては。この開花が終わった時期に安い蘭を手に入れて育てるのが面白い。オンシジュウムとジゴペタラムは毎年咲くし、次第に増えるし、場所の確保が難しいのが蘭の欠点。これを来年も美しく育てることを目指そう。

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2006.05.07

ガラスって何だろう

 ガラスの定義はたくさんのサイトが説明している。基本的に粘度が高い物質が、液体化した高い温度から冷却されていき、液体と同様に原子が結晶化せずにランダムな配列なまま、固体化したものという考え方が一つ考えられる。日本硝子製品工業会のホームページによると「定義1 溶融物を結晶化することなく冷却して得られる無機物質」、「定義2 ガラス転移現象を示す非晶質固体」ということになっている。通常は定義1の解釈で通ると思うが、最近はゲルからガラスを作る方法も出てきたので、定義1では足りなくなったのだと思う。
 化学的な内容から言うと、ガラスは二酸化珪素、にさんかけいそ(SiO2)を主成分とする「珪酸塩ガラス(けいさんえんガラス)」が主力だが、それ以外のガラスも新しい素材として注目されているようだ。
1,ソーダ石灰ガラス
2,鉛ガラス(クリスタルガラス)
3,ホウ珪酸ガラス(耐熱ガラス)
の3つで95%をしめるそうだ。
日本硝子製品工業会のガラスの豆知識のページはわかりやすい。
もう少し詳しい資料は北海道大学大学院歯学科研究科の中にある「ガラスとは何か」を読むとさらに細かく理解できる。
 珪素は地球上の岩石の主成分であり、二酸化珪素(シリコン)の形で存在している。純粋な二酸化珪素の岩石は水晶。これを利用して人類は生活に活用してきた。
 今から4500年ほど前、メソポタミア文明がガラスの発祥の地と言われている。その後エジプトで発展したようだ。日本では勾玉の加工は行ってきたが、ガラスの加工は発達しなかった。弥生前期にガラス玉やビーズ状のものが作られていたようで、約2000年の歴史を持つ。また奈良や平安時代もそれが大量に作られていた記録が残っているそうだ。しかし、食器などの大きな物は海外からの輸入品に頼っていたようだ。
 フランシスコザビエルは器や鏡、眼鏡など、ガラス製品を日本に紹介した。また1570年、ポルトガル人が長崎にガラス工場を造ったとの記録がある。江戸時代にはトンボ玉が流行し、ガラス制作技術はそれなりに発達したようだ。江戸末期から明治にかけてもガラス工場は作られたが、なかなか継続はしなかった。
 ここら辺の歴史は東部硝子工業会の「ガラスの歴史」に詳しい。

 私はガラスが好きで、中学校の時に、珪素から耐火煉瓦で卓上炉を作り、友だちとガラスを作っていた。バーナーには真空ポンプをつなぎ、空気を送り込んで温度を上げていた。坩堝の中で、粉が液体化してガラスになるのを見るのはとても不思議だった。
 その後、ガラス工芸品が好きで、いろいろなところで、見てきた。エミールガレの作品も好きで、ガラスの可能性の高さを感じさせられた。
 その後、「トンボ玉」を作ってみた。素材や道具は大変安く、東急ハンズで全て取りそろえることができる。通常のガスバーナーでも簡単にできるので、試してみるといい。首飾り程度ならすぐに作ることができる。また、地域にガラス細工のガラス工房もある。私は「彩グラススタジオ」 で吹きガラスの体験をさせてもらった。一度目は息が強すぎてガラスが破裂。二度目にようやく何とか形が作れた。息のコントロールと素早い作業が必要。濡れた新聞紙を使ってなぜながら整えるのも面白い。
 体験した様子は写真の部屋にのせた。いつか自分でガラス工房を作れたらいいのだが。
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2005.09.17

ダルマって何?

 この間の選挙に沢山登場したダルマって、そもそも何なのだろう。小さい頃に筆と墨で達磨の顔を描いた覚えがある程度しか知らない。確か、少林寺の達磨が手足を切り落として座禅を続けたとかいう話もあったと思う。いったいこの人は何者なんだろう。調べてみた。

伊豆の土肥の近くにある達磨寺の達磨です。
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 禅宗の祖である達磨は、五世紀とか六世紀ごろの南インドにあった香至国の第三王子として生まれた。そこで、インド仏教第二十七祖である般若多羅の弟子となり、印可を受けて菩提達磨となった。28代目という事にななる。その後、師の命により他国に仏教を広めるために中国に渡る。そこで、梁の国の武帝(在位502-549)と
交わした会話というのが伝えられている。

帝問うて曰く「朕即位して已来、寺を造り、経を写し、僧(僧伽、教団)を度すこと、勝(あげ)て紀す可からず(数え切れないほどである)。何の功徳有りや」
師曰く「並びに功徳無し」
帝曰く「何を以て功徳無しや」
師曰く「此れ但だ人天(人間界・天上界)の小果にして有漏の因なり(煩悩の因を作っているだけだ)。影の形に随うが如く有と雖も実には非ず」
帝曰く「如何が是れ真の功徳なるや」
答曰く「浄智は妙円にして、体自ずから空寂なり。是の如き功徳は世を以て(この世界では)求まらず」
帝又問う「如何が是れ聖諦の第一義なるや」
師曰く「廓然(がらんとして)無聖なり」
帝曰く「朕に対する者は誰ぞ」
師曰く「識らず(認識できぬ・・・空だから)」
帝、領悟せず。師、機の契(かな)はぬを知り・・・景德傳燈錄第三巻

意味としては「私は今までたくさん寺を造り僧を育てて来た。これはどのくらいの功徳になっている
だろうか」
「功徳は何もない」
「では仏教における聖なる真理は何か」
「空っぽで何もない」
「何もないというのなら、お前は何者だ」
「知らぬ」
というようなそっけないものだ。

武帝は達磨の答を喜ばなかった。達磨は北魏に向かい、嵩山少林寺において、壁に向かって9年坐禅を続けたとされている。しかし、これは俗説とする意見が多い。壁観とは『壁のように動ぜぬ境地で真理を観ずる禅』のことで、実際に壁に向かって座ることではないとのこと。

私が覚えていた手を切ったというのは、記憶違いで、達磨太子に弟子になろうとした神光という僧侶が弟子入りするために、手を切り取って入門を求めた事が達磨太子の事と重なってしまって記憶されていた。確か、小学校の低学年の頃に読んだ絵本に載っていたと思う。この僧は恵可といい、禅宗の第二祖である。
日本では臨済宗や曹洞宗などの禅宗の中で、達磨が伝えられてきた。 

現在の日本のダルマは、群馬、高崎市鼻高町の少林山達磨寺に由来があると言われている。
昔、大洪水で流れて来た大木で、一了行者が達磨大師の像を彫ってお堂に安置したのがこの寺の起こりで、天明の飢饉の時に、農民救済のため九代東嶽和尚が、心越禅師の描かれた達磨大師の図を手本に木型を作り、 農家の副業に張り子だるまを作らせ、七草大祭に売らせたことにあると言われている。

またダルマは江戸時代に、起き上がり小法師のダルマとして変化してきたとも言われている。初期の物には座禅を組んでいるものも多く、繭型の起き上がり小坊師の形は江戸以降のものと考えられる。張り子のダルマは軽いので病気が軽く済むとか、転んでもすぐに起き上がるので、病気が治る等と言われ、各地で作られるようになった。東京の浅草観音や神奈川の川崎大師もダルマがよく売られていた。

ところで、選挙でダルマが使われたのは、昭和五年の総選挙で長野一区の立候補者が最初で、一般化したのは昭和三十年代になってからだということ。ちなみに、この時の蔵相が高橋是清で、あだ名がダルマ蔵相だった。

向かって右側に目を入れるのは、玉座は南に向いているので、太陽は東から出て西に沈むので南に向って東は左側になり左目(向って右目)から入れるのだと言われている。また、深大寺の達磨は梵語で「阿」「吽」を入れるそうだ。物事の始めと終わりを表す阿吽(あうん)を入れることで、過去から未来まで全てを見通すということを示したかったのかも知れない。

しかし、これ以上の情報はなく、選挙でダルマが使われた詳しい由来とか、誰が使ったのかはわからなかった。でも、ダルマはまだまだ、沢山の面白いことがありそうで、これからも調べてみたいと思った。




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2005.05.29

都会のカワセミ

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 最近、都会でカワセミを見ることが出来るようになったという。なぜだろう。カワセミは魚やザリガニ、カエル、エビを食べているそうだが、それらの動物が増える環境が増えてきたと言うことなのか。もう一つは、繁殖の場所が確保されてきたということなのか。水辺の土の部分に深さ50cmから1m程度の穴を掘って雄、雌、交代で抱卵する。約19日程度で卵からかえり、約23日後に巣立ちするとのこと。
 私の家の近くにある公園の池にもカワセミが住んでいる。雌雄でエサを口伝えで渡す姿も見ることができる。休日には多くのカメラマンがこの池に殺到する。でも平日はゆっくりと見ることができる。大口径のレンズだったら必ずいい状態のカワセミが撮影できる。近くの川にはむき出しの土壁があって、そこにはいくつかの穴があいている。多分、そこが巣なんだと思う。
 猫やカラスがとても多いところなんだけれど、そこで毎年見ることができるのだから、環境が整っているんだろう。
ただ、なわばり争いをするそうで、群れを作ることはないそうだ。生まれた子どもたちはどこに行っているんだろう。この池以外ではあまり見たことがない。調べてみたいと思う。
 

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2005.03.13

エミール・ガレについて

 ガラスの芸術家として知られているエミール・ガレはその独特の表現で知られている。私がその作品を見たのは確か伊豆のどこぞやの美術館だったと思う。また最近では九州の旅館のロビーでも見かけた。いつもその独特の作品に興味を引かれていた。今回、江戸東京博物館で、ガレの作品が一挙に200点以上集められ、それを間近に見ることができた。私は子どものころからガラスが大好きで、小学校のころはビー玉をお風呂の釜に入れ、それを水に浸して内部にひび割れを入れ、その美しさに見とれていた。中学では、化学部に所属し、簡易的な炉を作成し、そこで化学薬品からガラスを作っていた。現在もトンボ玉を作成して楽しんでいる。ガラスは神秘的な魅力を持っている。
 今回のガレの展覧会でも、ガラスの持つ独特の美しさが十分出ている。ただ、思ったより汚れが目立ち、ガラスの持つ透明感は感じなかった。不透明で重苦しい色合いの中で、近代的なスポット照光によってその作品の美しさが際だっていた。前期の作品にはあまり惹かれなかった。やはり亡くなる前後の作品に独特なものを感じた。私もまたガラス作品を作成したくなった。
 ガラスはよく不思議な物体と言われる。固体でもなければ液体でもない。時に鋼鉄より固く、時に飴よりも柔らかい。人間の歴史と共に利用されてきたものでもある。現代でもガラスは様々な形で活用されている。もう一度、ガラスとは何か調べてみようと思っている。

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2004.03.28

桜はなぜ一斉に咲くのか

春になると桜が一斉に咲く。その地域にある桜は申し合わせたように同じ時に咲いて、そして散っていく。なぜだろう。
 それはその桜の多くが「ソメイヨシノ」だからだろう。ソメイヨシノは江戸時代に今の豊島区駒込のあたりにあった植木屋さんで、オオシマザクラとエドヒガンとの雑種として誕生したと言われる。この桜の特徴として、葉っぱが出る前に花が咲き誇るという特徴を持つ。そしてわずか1,2週間で一斉に散る。
 明治期になって学校や兵舎等に多く植えられ、新しい日本の象徴として利用された。入学の時、桜と切り離して語れない時期が長かった。最近、温暖化と共に、入学より卒業へと時期が移り始めたように思う。
 このソメイヨシノはマザクラなどに接ぎ木して作る。そのため、もとの遺伝子は同じなので、温度等の条件がそろえば全て一斉に咲く。ソメイヨシノはみんなクローンなのだ。
 植物界にはクローンはまだ多い。次の記事でまた調べてみたい。

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2004.02.11

石灰石はなぜ水に溶けるのか

子どもの頃から洞窟の中を探検する物語が大好きだった。特に流れる水の奥に潜む白く輝く鍾乳洞の広場を発見したいという欲求はかなり本格的なものだった。それは大人になっても続き、各地の鍾乳洞は結構行っている。
そこで、不思議に思ったのは、なぜ、石灰岩は水に溶けるのかということだ。そもそも石灰岩とは何なのだろうか。
調べてみた。

石灰岩とは・・・
石灰岩の主成分は炭酸カルシウムだ。
CaCO3だ。
ようするに貝殻等と同じ成分。
石灰岩の中には多くの化石が含まれている。
アンモナイトや三葉虫、珊瑚の化石が出てくる。
そう、石灰岩の本体は珊瑚の骨格部分だったのだ。
過去の長い地球の歴史の中で、珊瑚は多くの二酸化炭素を取り込んで自らの骨格を創り上げていった。
これ以外に無機的に作り上げられた石灰岩もあるが、主な石灰岩は珊瑚等の系統と見られるそうだ。
すごい量が存在するのだから、それだけ長い地球の歴史を感じますね。

ところで、本題ですが、石灰岩がなぜ溶けるのだろうか。
石灰岩は純粋の水と自然界の水では溶け方が違うとのこと。
秘密はなんと「二酸化炭素」にあった!

水に二酸化炭素が多く含まれると石灰岩をより多く溶かせるとのこと。
しかも水の温度は低い方が溶かす力が強いとのこと。
理由は、CO2は水の温度が低い方が多く溶けるからだそうだ。

自然界には空気中にも、地中にも多くの二酸化炭素が存在している。
バクテリアの活動によるものや動物タンパクの分解、植物根の活動などで豊富に存在している。
それを溶かし込みながら水は地中に伝わっていく。
さらにphが低くなればなるほど、溶かす力が強くなる。
ということで、水は石灰質の岩を溶かす力を増していくそうです。
自然界の不思議な連鎖が石灰岩を溶かしているのですね。

溶ける仕組みの化学式をのせておきます。
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CaCO3(固体)←→Ca2++CO32‐・・・・(1)
炭酸カルシウム  カルシウムイオン+炭酸イオン

土中や水中で気体としてのCO2が水のなかに溶けると・・・
 
CO2+H2O←→H2CO3・・・・(2)
H2CO3←→H++HCO3-・・・・(3)

(1)で生成した炭酸イオンと(3)で生成した水素イオンが結合して炭酸水素イオンを形成する.

H++CO32-←→HCO3-・・・・(4)

(4)式が右へ進行したために減少した,炭酸イオンと水素イオンを供給するために,(1)及び(3)式で示される平衡反応が右へ進み,炭酸カルシウムの溶解が起こる.

山口大学洞窟研究会より
http://sty.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~speleo/
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2004.01.24

なぜ焼酎っていうのかな

電車の中で「焼酎」の宣伝を見た。なぜ、「焼」なんだろう。そして「酎」って何だろう?
そこで調べてみた。

焼酎の元祖、蒸留酒の歴史は大変古く、イスラム文明との関連がある。
もともとメソポタミアでは香油や精油を作るために、紀元前3000年から蒸留技術は存在していた。
それが酒に応用されたのは紀元前750年頃。
エチオピアでビールを製造するために、醸造酒から蒸留酒にする技術が開発された。
これが世界に広がって、濃いアルコール飲料として人類に愛用された。

さて語源だが、焼酎の「焼」は、モロミを加熱、沸騰させて作ることから来ているようだ。方々のサイトでこの指摘がされている。また西欧でも蒸留酒を指す言葉に「焼く」という意味の言葉を使われているそうだ。その例としてワインの蒸留酒であるブランディが、焼いたワインという意味の「BurnWine」が訛ってブランディと呼ばれるようになったということが指摘されている。中国では、「焼いた」お酒という意味で蒸留酒を「焼酒」と呼ぶそうだ。日本では、18世紀ごろから「焼酎」という表現が定着したとされている。

それではなぜ日本では「焼酒」ではなく「焼酎」なのだろう。
一つは「酒」は中華音で「チュウ」と発音されているところから、日本では字義と音訓を混同して使われるようになり「焼酎」が定着したのではないかという意見がある。
もう一つは「酎」が濃いお酒を意味したところからその文字が使われたとの意見もある。
しかし、中国には「焼酎」という表現はないそうだ。

酒の事についてはまだ面白そうなことがたくさんありそうだ。

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2004.01.23

不思議なことを調べたい

初めまして。
ここのサイトには不思議だなと思ったことを調べてのせていきたいと思います。
さてどんな不思議を見つけられるか。

では。

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