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2010.09.25

今回の漁船をめぐる問題での、中国という国の課題

 今回のやり取りの中で、この問題への対応をお互いに棚上げしてきた大人の関係から、一挙に子どものケンカレベルの対応に落としてしまった感があるが、いつかは通らなければならない道なので仕方がないのかもしれない。裏で落としどころを探すルートもなかったのだろう。今更、小沢さんに頼むわけにもいかなかっただろうし。

 中国は、この問題で領土問題でどこの国にも引き下がることはないと言うことを宣言した。日本は領土問題は存在しないという立場で実質的に支配してきたが、今後は、声高に主張しつづけることだろう。そして、そこに妥協はない。

 中国の政治体制は、民主化されてきたとはいえ、共産党一党独裁。北朝鮮と大差はない。指導部の考えと違うことをやれば、何をされるかわからない。そのような国では、人々の表の顔と裏の顔が存在するだろう。正直に言わない文化、言えない社会、体制に迎合する世論。本音を言おうとしている人たちは現在でも戦い続けているだろうが、まだ多数派にはなっていない。

 教育も、ただ一方的に自分の国をたたえ、他の国を批判する。愛国主義教育という流れは、考えない人々を生み出してしまう。根拠のない教え込まれたことを信じ込んでしまった人々。ヒステリックに対応する人々の中には、一方的に自己の正当性を主張し、その正しさに酔いしれているような感じさえする。そして、自分のみ正しく、他は全て間違いという二者択一の選択しかない流れを作ってしまう。そこには体制によって造られた自分という存在に気づいていない人々がいる。

 オリンピックの時に、中国の人々がヒステリックまでにも反対派の人々を攻撃していたが、違う考えの人を認められない国になってしまっているということを世界に宣伝したようなものだ。世界の国々から見れば、我が儘な青年が、自分さえ良ければいいと言う態度で自己の利益を主張し続けているという感じで受け止めていると思う。

 ただ、痛感させられることは、国というのは理不尽なまでにも支配することに必死なのだということだ。チベットやウイグル族、朝鮮族、モンゴル族をうちに含む今の中国は、漢族による支配を徹底している。そこに生活する人々の反感を痛いほど感じているのだろう。だから、この小さな島を巡る争いは、彼らへのメッセージでもあるのだろう。

 しかし、中国は世界でも様々な意味で重要な国になってきた。その中で、支配層も成熟していかなければならない。自己主張するだけでは、理解されないし、尊敬されない。他の国や民族と、相互に助け合う信頼されるパートナーとして育っていくためには、今の青年期から脱しなければならない。事は領土問題だけではない。環境問題でも、経済問題でも、自分の事だけ考えていたら、結局は自分の国を破滅させることになる。

 日本は衰えてきた。しかし、無視できない存在でもあり続けている。日米同盟の存在意義は、逆に高まった。沖縄の基地は、この問題で、逆に重要性を増してしまった感がある。沖縄の人々の無念が更につのってしまう。そして、この延長線上には、日本の再軍備、核開発を主張する勢力の拡張が垣間見えてくる。軍備を拡張しても、安全なんて保てないし、より緊張を増すだけなのだが。

 政治の責任は大きいだろうが、誰が権力を握ろうが、そんな簡単な事ではない。今後、中国の経済的な破綻、環境問題の悪化、中国の一人っ子政策による経済的な衰えが見えてくるまで、このような態度は続くのかもしれない。日本をアメリカに追いやった中国の政策は、長期的に見れば損失だったということになるだろう。レアアースの問題だけでなく、子会社や工場の設立など、日本の中国離れは、この事件をきっかけに具体化するかもしれない。

 日本は自国をしっかり立て直そう。他の国を批判している余裕はない。この自由な発言の許される国が、不自由な国に負けてはならない。穏やかで思いやりのある国を作ろう。北欧とはまた違う私たちの国を作っていこう。
理想と夢をもって、みんなが幸せに生きていけるように。
 

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