« FMV BIBLO MG75X/Vが発売 | トップページ | PSPで自作Flashソフトが動いた »

2007.09.16

桐の紋と菊の紋

 先日、世田谷の世田谷線、宮の坂の近くの世田谷八幡を訪れる機会があった。ここは土俵があるので有名な神社だ。奉納相撲が今でも行われている。そこで、神社の瓦に桐の紋が彫り込まれていたのを見かけた。これはどういう意味なんだろう。調べてみた。
 天皇家は桐の紋と菊の紋を使ってきた。桐の紋は天皇から武家に与える形で引き継がれてきた。後醍醐天皇が足利尊氏に桐の紋を下賜したことが知られている。その前には平安初期の嵯峨天皇の時代に、服である黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)に竹と鳳凰と麒麟、そして「桐」が描かれていたことから、天皇に関係した紋として位置づけられていたのではないかという意見がある。もともと、中国では桐は聖王をあらわす瑞鳥、鳳凰が止まる木として大切にされていた。それが天皇家の印として使われる要因となったといわれている。
 それ以降、天皇家から武家にこの印を与えるということがしばしば行われた。織田信長も、豊臣秀吉ももらっている。さらに、秀吉はこの印を自分の部下に与えることを好み、桐の家紋が一挙に増えたといわれている。
 菊は元々日本の花ではない。中国や朝鮮から入った花で邪気をはらう不老長寿の薬として入ってきたようだ。それが日本の神である天照大神の太陽信仰と結びつき、天皇の象徴とされるようになったようだ。特に後鳥羽貞応が自分の紋として好んで使用したことから、天皇家の私的な紋として菊が使われるようになったとのこと。十六弁が通常使われている。明治神宮は十二弁を遠慮して使っているそうだ。
 それに対して、時の権力を握った武家に与えられた桐が政府の紋章となっていったということのようだ。五七の桐が一般的に用いられているが、五三の桐などが明治神宮などでは使われている。
 一時は日本の家紋の五分の一が桐の紋だったといわれるこの家紋は、日本の代表的な紋となっている。

|

« FMV BIBLO MG75X/Vが発売 | トップページ | PSPで自作Flashソフトが動いた »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15679/16462514

この記事へのトラックバック一覧です: 桐の紋と菊の紋:

« FMV BIBLO MG75X/Vが発売 | トップページ | PSPで自作Flashソフトが動いた »