« GPS-CS1Kでの地図上配置 | トップページ | FLASHで自分のマシンに問題保存 »

2006.09.18

能の黒塚を見てきました

 金春円満井会の定例会で最後の演目の黒塚でシテをつとめた中村昌弘さんから招待をいただき、その演技を見てきた。黒塚とは別名では安達ヶ原ともいうそうで、人を食らう鬼女の話しだ。狂言は仕事柄見ることがあるが、能はあまり見ることができなかった。今回、久しぶりに見たが、その演技からは日本の伝統芸能の奥深さを感じることができた。また能そのものからも鍛えられ動きの中にある表現の美しさを感じることができた。笛や太鼓、地唄も素晴らしく、まるでオーケストラの様だった。中村さんも初めて踊るとは思えない堂々とした演技で圧倒的な存在感があった。鬼女として演技するときも顔の振り方や山伏との応対にも華やかさがあった。衣装も、面も素晴らしい。こんな世界もあったのだと思わされた。彼は小学生の時から(もっと前かもしれない)この世界にいて、鎌倉の薪能や国立能楽堂で踊っていたが、プロの能楽師になるとは思わなかった。それだけ、奥が深いのだろう。ホームページで見ると、今回の舞台に対する気持ちが出ているが、若者らしい抱負が書かれていた。これからも自分なりの解釈を加えながら踊っていくのだろう。
 黒塚を、もう少しよく調べてみた。安達ヶ原とは福島県二本松市の安達太良山の東山麓一帯を言ったのだそうだが、ここに京から移り住んだ公家の乳母、「岩手」がいた。姫の病を治すために妊婦の生き肝が必要だと言う易者の言うことを信じ、宿をとった若夫婦の妊婦の腹を切り裂き肝を取りだした。しかし、それは生き別れた実の娘だったということで、気が狂ってしまう。それから、「安達ケ原の鬼婆」として生きていた。
 黒塚ではその糸車を回しながら謡う場面は前半の山場だ。女の悲しさ、儚さがその謡いで表される。糸車を寂しく回しながら自らの定めを嘆き、涙にくれる。私はその謡いの意味はほとんどわからず、後で調べてその悲しさを知ったのだが。
 「げに侘人の習い程、悲しきものはよも有らじ。かかる憂き世に秋の来て、朝げの風は身にしめども、胸を休むる事も無く、昨日も空しく暮れぬれば、まどろむ夜半ぞ涙なる。あら定めなの生涯やな」
 那智の山伏が来て、一夜の宿を借りる。薪を取ってくると行って夜中に山に出かけようとする。その時、自分の寝屋を見ないように山伏に言う。山伏は私はそんな人間ではないと言う。しかし、従者が山伏の寝入った隙に見てしまう。この時の従者の人としての迷いや弱さを表す動作は面白おかしく演じられる。狂言としての性格を持っている。
 覗いてみると、そこには白骨や屍が累々と積み重なっている。従者はそれを山伏に告げ、逃げていく。女は山伏に寝屋を見られたことを知り、鬼女に変身して帰ってくる。山伏達は数珠で念仏を唱えながら戦う。鬼女の衣装を美しく、般若の面も女の心を表すものとしてよく使われるようだ。この時のお互いの動作や笛や太鼓は素晴らしく、緊迫感に満ちた内容になっている。演劇としてもよく作られている。決して古くさい感じはしない。最後は山伏によって倒されるが、それはこの鬼女の願いでもあったのではないかと思わせる。本当に奥が深く、人それぞれの思いによって様々に解釈できる流れになっていると思う。
 今回は神楽坂の矢来能楽堂だった。柱が少し邪魔になったが、近くだったので動きや衣装をよく見ることができた。日本の伝統が演技者や演奏者、そして観客によって様々な形で支えられていることがよく分かった。この伝統を楽しみながら守っていって欲しいと思う。

|

« GPS-CS1Kでの地図上配置 | トップページ | FLASHで自分のマシンに問題保存 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15679/11939302

この記事へのトラックバック一覧です: 能の黒塚を見てきました:

« GPS-CS1Kでの地図上配置 | トップページ | FLASHで自分のマシンに問題保存 »